今ではこういう大ごとの映画はヒットしない
『トリスタン伝説とワーグナー』石川栄作 (平凡社新書)
9世紀アイルランドのケルト伝説から現代に至る系譜をたどり、悲恋物語「トリスタン伝説」の全貌を探る。ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』を楽しむために必読の書! ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』は、9世紀のケルト世界に起源をもつ悲恋物語。中世に宮廷詩人たちが広く語り伝えたことから、各地に無数のバリエーションが存在する。現存する断片からトリスタン伝説の全貌を描き出し、ワーグナーによる物語の独創性を探る。登場人物と楽劇の魅力を徹底的に読み解く、ワーグナー・ファンには必読の書。
ほとんどの人が『トリスタンとイゾルデ』というとワーグナーの楽劇を思い出すのだと思う。その成り立ちについて語っている本なのだが、面倒な人はいきなり4章から入って、ワーグナーの楽劇の内容を掴んでいた方がいいかも。それまでは、興味がない人には退屈な話かもしれない。
ただ伝説だから、元の説話があり、文学になり、歌劇になったという経緯がある。そして大体重要なのはケルト起源ということだった。ケルトは、イギリスのアイルランドとフランスのブルターニュが中心となって、もとはイギリスの国王がフランス貴族だったということも影響していると思うのだが、まあ発端はアイルランドのケルトかなと思います。
そこで語られた詩が様々な尾ひれを付けてフランスで散文化され、ドイツで英雄物語として再構成され、ワーグナーが目を付けたということかな。
トリスタンはコーンウェルというイギリスの半島出身で、アイルランド王女のイゾルデとの悲恋の伝説。アイルランドは魔法(魔女)の国だからイゾルデはいろいろな秘薬を持っているというわけだった。
それでトリスタンが遭難か何かで倒れていたのをイゾルデが治療をしたのだが、トリスタンはその恩義を忘れずにいたつもりがコーウェルの王(マルク王)がイゾルデの国と決闘することになって、トリスタンが勝ってその見返りに王女イゾルデをマルク王に差し出すという。その過程がやや複雑。
その船の中でどうしようもないトリスタンとイゾルデは死を決意し毒薬を飲もうとするのだが、イゾルデの侍女が毒薬を惚れ薬に変えてしまう。そうなったら二人の愛欲は止まらない。
マルク王が狩りに行っている間に逢引するのだが、それが見つかって、逃亡する。その時に傷を受けるのか、瀕死の状態のイゾルデなんだが、マルク王と話を付けてくるとイゾルデが戻ってくるのを待つ。
その時船の帆が白だった交渉成立で、黒だったら失敗という合図があってやきもきしながら待っているのだが、傷害で伏しているトリスタンは見れない。それを部下が嘘をついて黒だったと言ってしまった為に失意で死んでしまう。
白い帆を立てて戻ったイゾルデだったがもう死にそうな(死んでなかったのか?)トリスタンを見て、一緒に死ぬと言って毒薬を飲み干す。愛と死が見事に融合したワーグナーの楽曲はそれぞれの伝説のいいとこ取りなわけなのだが、もう少し枝葉の話があって、トリスタンの両親の話やトリスタンの部下とイゾルデの侍女が出来てしまう話とか。あとトリスタンも別の女と結婚したとか。トリスタンは円卓の騎士で英雄だったとか。
そういう余計な枝葉をばっさりカットして、妙薬と毒薬、白と黒の帆というように、愛(生)と死を見事にドラマチックにしたのがワーグナーということで、その頃のドイツロマン主義の系譜だったので、方々に影響を与えた。良くもあり悪くもあり(悪い方だとナチスに利用されたとか)。
名誉の死が称賛されるわけで、トリスタンの不倫はどうなのかとか問題ではない。愛の媚薬のせいだから。
20世紀のローズマリー・サトクリフは媚薬を削除した『トリスタンとイズー』の小説を書いていた。ジャン・コクトーも映画化(『永劫回帰(悲恋)』)してより大衆に広まっていく。
最近ではアメリカ映画のケビン・レイノルズ『トリスタンとイズー』(2006年)が制作されたが、知らなかったからヒットしなかったのかな(日本では公開されなかった)?もう、そういう時代ではないのかもしれない。リドリー・スコット製作総指揮なのにね。