市民参加の政治とは?
『ボストン市庁舎』(アメリカ/2020)監督フレデリック・ワイズマン
解説/あらすじ
『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』で知られるドキュメンタリー界の⽣ける伝説、フレデリック・ワイズマン監督。その新作の舞台は、⽶マサチューセッツ州の“ボストン市庁舎”。多様な⼈種・⽂化が共存する⼤都市ボストンは、ワイズマンが⽣まれ、現在も暮らす街でもある。カメラは飄々と市庁舎の中へ⼊り込み、市役所の⼈々とともに街のあちこちへと興味のままに動き出す。そこに映し出されるのは、警察、消防、保険衛⽣、⾼齢者⽀援、出⽣、結婚、死亡記録、ホームレスの⼈々の⽀援から同性婚の承認まで数百種類ものサービスを提供する、知られざる市役所の仕事の舞台裏。市⺠の幸せのため奮闘するウォルシュ市⻑と市役所職員たちの姿から浮かび上がってくるものとは…
正直272分は長いと思う。前半はけっこう居眠り漕いでいた。革新系の市長で演説も上手くいい事を言うのだが、何回も繰り返されると正直飽きる。前半は演説シーンが多かったかも。でも後半は一気に惹きつけられたのは多民族が多い地域に企業が進出計画の住民との議論の応酬。
企業側はいいことを言う。住民が利益を得るとか。それが大麻ショップでも。でも住民の不安はもっともなもので、それでも感情的にならず討論をしていくのは、貧困地域なのにも関わらず、住民の政治参加が進んでいると思わせる。
ウォルシュ市⻑が市長に当選して、市庁舎の扉をオープンにすると宣言したあとに、ある老婆がやってきてこれからは私たちが市長なのね、と言ったそうである。選挙で市長を選んでもその後は無関心。選挙も無関心な日本だが。
ワイズマン監督のインタビューを読むとワイズマン監督自身も政治には無関心だったらしい。そして新聞に「6人の名市長」という記事が出てドキュメンタリーの申し込みをしたら、ボストン市長だけが返事をくれたということだ。そして自身は政治には白紙の状態で市庁舎の働く人々を映しているうちにこのドキュメンタリーが出来たいう。
日本でも和田靜香 , 小川淳也 の対談本『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』は、最初は政治に無関心だった女性が対談するうちに政治関心を持ち、議員を前にして鋭い意見を言えるようになるまでなった。政治を開放するということは、素人だろうと政治に関心を持ち、なぜ自分がこんな状況に置かれているのか考えることである。
今の日本の政治は、それとはまったく逆の隠蔽工作の政治なのである。そして、ますます分断は広がり政治嫌いになって、政治に無関心になっていく。逆なのだと思った。政治に関心づけるような市政の開放が必要なのだ。
このドキュメンタリーを見ると住民の困ったことの為に動くのが市政なのだとよくわかる。日本でもこういうモデルとなる市政の映画が出来ればいいと思う。映画を撮らせるぐらいだから開放的だろうし、市に大学があるとこはぜひそうしてもらいたいと思った。大学生もそれによって市政の何が問題なのかも理解出来る。まずそういう映画を市も大学も撮らせるとは思えないけど。
交通切符を切られたのに、正統な理由があればチャラにしてくれるとか。大家との間に入り、住宅改善してくれる市政なのだ。ホームレスを囲んでの食事会も食事は豪華だし、ダンスも楽しそうだった。ボストンは港町ということもあって、横浜と風景が似ていると思ったのだが市長は雲泥の差だった。今は知らんけど。
あと退役軍人の問題も深刻だった。ちょうどベトナム戦争の頃の人が定年後で問題を抱えている人が多い。徴兵制もあった。それでも退役軍人の貧困化は、いろいろな問題を引き起こしていると思う。例えば不満が移民に向かわざる得ないところもあると思う。そういうプアホワイトのトランプ支持が分断を生み出した。何よりそういう分断が一番政治に無関心を招くのだ。
『ボストン市庁舎』ワイズマン監督「自分の仕事をこなしている人々」を描きたい。https://www.cinemacafe.net/article/2021/11/16/75800.html
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