俳句という生き方、芭蕉と蕪村の俳句の違い
『俳句 2024年4月号』
俳句雑誌を読む人は限られていて、自ら俳句を作る人であろう。俳句は通常の散文と違って読むのに時間がかかる。それは言葉の意味が重いからなんだと思うが、そこに芸術性を見るかやり過ごすかと思えばやり過ごす方だった。最近になって、無理に俳句を読まなくてもいいと思うようになっている。さすがにプロと言われる人は、選評などもあって全ての句に目を通すのだろうが、そんなことはとても出来ないと思った。それはプロと呼ばれる仕事であって、根本的な俳句作りとは違うと思うからだ。
最近考えることは、俳句や短歌が短詩であるがための宿命で少ない語彙数ですべてを表現できるか?と思うと疑問になる。そこで俳句では季語という約束事のような言葉の集積がある。季語の中に含まれるそれまでの歴史性みたいなものがあり、それが季語一言で表現の幅を拡げているのだ。プロとアマチュアの違いはその季語の意味をどれだけしっているかにかかっている。
なおもそれは最近ではネット環境があるのだから、調べれば一目のうちに出てくるのだが、そこまで知って読みたいと思うのだろうかという疑問がある。芸術性というと目指すものが違えば読み手を選ぶのだ。例えば俳句作りでは生活俳句の日常性だとは思うが、それを作品として発表するときに日常性などは読みたくないのかもしれない。そこに刺激を求める。ただ芸術性というのは指向性があるものなのだ。
俳句と教育
子どもの俳句は嫌いである。その歳で俳句をやるか?というのと爺、婆に褒められて何が嬉しいのかと。まあ投稿句ではライバルになるので、子供らしい俳句で喜びたくはない(大人げないかもしれないが、表現者として子供扱いしないということである)。例えば子供らしい俳句で多行俳句作る子がいるのかと。そういうことである。
ここの記事でも親馬鹿のような子供を褒める俳人とか、そういう子供は大いに反抗してもらいたいと思うのだ。親のいうままに俳句を作って、親のような俳句を作っている。そういう俳句と闘いたいのである。
学校教育と俳句ということでは、学校で俳句や短歌はやったかな?俳句創作はやってないような(だから今があるのか?子供時代に俳句が趣味だという者がいたら馬鹿にするだろうな)。俳句の授業もあまり覚えがない。芭蕉の「おくのほそ道」ぐらいか?現在の教科書で小学生から習う俳句一覧が載っていたがその多さに愕然とした。これを俳句の「は」の字もしらない小学生に暗記させるとかしてないだろうな。一気に俳句嫌いになりそうである。
ただ句会のようなゲームはやってみたかった気もしてくる(「ゲーム」としての俳句は面白いかもしれない)。それは先生が選ぶのではなく子供たちが選ぶので、芭蕉のような句は選ばれずTVのアニメを詠んだものとか選ばれるのだろうなと気がする。その時先生はどう指導するのだろう?
それが俳句甲子園になったら、悲しいような気がする。弁論大会にはなると思うが相手をどう蹴落とすか、それがいかに俳句の伝統に則って知識があるかの披露になるのではないか?そんなのAIに任せとけばいいのである。AI俳句を観賞するとか、そのうち授業でもあるかもしれないな。
「NHK俳句」的な授業になったら、NHK俳句の投稿のライバルが増えるだけでちっともいいことはない。それにもめげずに俳句をやっているということだけが俳句教育を受け無く良かったかなと思える。最初から伝統俳句は無理だという頭があるから、毎日自分の思う俳句を作っていくだけだ。
高野ムツオ「紅梅」五十首
『角川 俳句 2024年4月号』から「高野ムツオ「紅梅」五十首」から。
「団子虫」は季語ではないのだけれど冬の虫のような気がする。「土塗れ」とは?「塗れ(まみれ)」と読むのだった。子供の様子とかに重なるのかな。
「糈米(くましね)」という言葉が魅力的に思えたのは道祖神と通じているからだろうか?
季語なのか?
こういう俳句も作っていた。
ロマンチックである。ただ雪は後に珈琲色になるということも含んでいるのか。
「雪の暮」は忙しいから餡パンぐらいしか食べるものがないとか?
攻めているな。雪女郎にしたのは何か意味があるのか。
母の追憶かな。「握り飯」が俗なんだがセンチメンタルになるのは、避難民とかに配給されるのがおにぎりだとかだからか?
故郷に墓参りに行ったということか。桃の「木」なので季語ではなかった。
高野ムツオは地震俳人のイメージが強い。
虎落笛(もがりぶえ)は使ってみたい季語だった。
このへんは攻めているのかな。
特集 俳句の頂
俳句の頂(いただき)とは高みのことか。俳句の基本として、上五が決まればおのずから俳句は決まってくるようなきがする。それにどう合わせるかという。高柳重信が示したのはそのような頂きのある一行俳句の嫌らしさのようなものではなかった。
高柳重信は一行俳句にするときは別名で山川蝉夫を使っていたという。いかにもという俳号だった。
これは蕪村を意識しているようにも思える。また蝉夫というぐらいだから蕉風な感じもする。この句は横書きが似合うのかもしれない。
楸邨の観光地俳句ではない俳句だという。観光地俳句といわれそうなのはいかにも芭蕉だよな。ただ芭蕉にはその観光地に行くも西行詣でという目的があったのだと思う。
「横たふ」が芭蕉か?
この句も頂というより横たわる句のような気がする。雲の流れと鳥の動き。蕪村の句と対になるような気がする。
これはよくわからんな。チューリップと決まった時点でじゃらじゃらパチンコの句かと思った。たぶんもっと平和的な純粋な気持ちなのだろう。パチンコだったらけっこうすさんだ喜びだよな。こういう主婦がいてもいいと思うが。俗な俳句だったらこっちだよな。雅だけでは詰まらん。
芭蕉を上げる人は多い。どれも頂というよりも横に広がっていく句だった。そこに芭蕉俳句の特徴があるのかもしれない。
この人若い人じゃないか。
小澤實集『澤』
小澤實の俳句もそれほど興味がないのは芸術性が高いからかな。その底にアミニズムと仏教思想がある。今まで読んだ俳句では使う言葉が専門語すぎて、そこがとっつきにくいのがあった。調べても刺激的なことを言っているとは思えず仏教思想とか読んだほうがいいと思ったり(中沢新一との共著『俳句の海に潜る』を読めばだいたいのことはわかると思っていた)。
あとは自然の観察力とかそういう俳句の内輪の観賞になっていくと思う。
それは「澤」というコミュニティの中の俳句だからかもしれない。聴こえてくるのは内輪の声ばかりだ。内側から外に向かっていくというのもあるのかもしれない。ただそれを受け止めるにも技量が必要なのかもしれない。
このぐらいだった理解できるがそれがなんだというのだ。自然讃歌なのか?神野紗希は「歓びの人」という。そういう俳句はあまり興味ないのかもしれない。
この下語は朝(あした)と読むのだろうな。実際に四国に行ったときに熊蝉の鳴き声は朝から響き渡っていた。
ロリコンじみてこういう句は好きになれない。そう感じることが不謹慎なのか?要はオヤジ俳句なのだと思った。そのオヤジ性が嫌なのだ。それは小澤實の俳句道とつながるのかもしれない。結社的な組織を立ち上げて、その中で指導的なオヤジとして君臨するというような。
俳句水脈・血脈……角谷昌子
第三十四回 廣瀬直人
この評論は俳人紹介もあるが、技術論で書かれているので、こういう評論は俳句つくりの参考になる。廣瀬直人が絵画的俳人というので絵画の手法で俳句を詠む。蛇笏の系譜だという。
「雪の嶺」が遥か向こうに見え、作者の目は「しばたたく」頂きの消失点があるのだという。難しい解釈だ。
「フォーカス」とあるからクローズアップか。蝶が草から出てくる俳句は奥本大三郎(昆虫学者)が掲載していた。こっちの方がいいかもしれない。
「菜の花蝶に化す」は漢詩(大窪詩仏「睡蝶」)からの季語なのか?使ってみたい。それだけで前半が決まってしまい、下五ぐらいの余地しかないのか。
このぐらいの凡人句しか作れないな。菜の花でなくてもいいのか?
「十夜晴れ」浄土宗で十月に念仏をする法要とか。難しいな。
ここまで書いてきたが、こういうシンメトリーは自然にやっているような気がしてきた。水平と垂直というけど、そこまでは意識してないか?むしろ鉄の冷たさたと桜の温かさみたいな。
これもシンメトリーに含まれるな。木枯らしの寒色と花の暖色。
(メメントモリ)これは例句がないが、「死を思え」ということは年中思っていた。むしろ思い過ぎ傾向にある。
「て」という助詞による微妙なアクセント。屈折や転換があるという。「や」で置き換え可能だが、重くならない呼吸だという。「や」は大きく深呼吸ぐらいで「て」は息継ぎぐらいの感じか?
例題が難しかった。「風筋(かざすじ)」は風の通り道。「袋掛」は果実などに袋掛けする作業ということだそうだ。「に」は「や」や「の」に置き換えられる。むしろ説明的だといわれるが表現のバリエーションとして使えるということだった。「風筋袋掛」が何を言っているかわからないから説明的でもないのか。イメージ性なのか?
墓場にいる蝸牛なのか?蝸牛が「牛」の文字が入っているからその諧謔性もあるのかも。
合評鼎談(辻村麻乃x横澤放川x抜井諒一)
俳句誌を読んでいて一番勉強になるのは合評鼎談のような批評的観賞かな。それぞれの年代による、最新俳句が評価されるのだから俳句の今を知るには勉強になる。その前提として読んでいることがあるのだが『俳句』は前号の俳句を取り上げているのでその読みも知ることが出来るのだった。
まず評者の紹介から。
辻村麻乃はサラブレッドで横澤放川は叩き上げおじさん、抜井諒一は期待の新人という感じか?この取り合わせは面白いかもしれない(ガチガチに議論すればだが)。
高橋睦郎の俳句は漢字が読めないからパスしたのだった。この手の俳句は新古典主義的で保守的な感じがする。その世界に造詣が深くないととても読めない芸術至上主義というような俳句だった。こういう俳句は辞めようと思ったのだ。誰にもわかる俳句を詠みたい。現実離れした作風で難解俳句。T.S.エリオットとか詩のような。三人とも読み込んでいるという印象。特に否定的な意見はないが、横澤放川が分析していて、芭蕉の生活句に対して蕪村の芸術俳句のような芸術至上主義。現実離れした幽玄の世界。
行方克巳『近松忌』
近松は好きな作家だけど、その分こういう無頼派気取りは嫌になるのだった。近松の技術論がいいと思うので。道行きのリズムとか、そういう俳句があれば評価したかも。「十二月」の連作は面白いかもと思った。
最初の一句が決まっていて、あとの三句はその説明的な句なのかな。句事態は大したことはないと思うがグループの力というか。連作の力だな。
そして十二月の言い換えの「極月」の句。
辻村麻乃の発言が少ないので好みじゃないのかも。
津川絵理子「正午」
これは日常生活俳句なのかと思った。いいんだけど雑誌に載せるような句でもないかな。俳句同好者には受けそうな内輪性を感じる。斬新さがないのだ。
水内慶太「奈良逍遥」
観光地俳句。
それ以外の句はあまり読む気になれないのは、俳句の刺激性もないからなんだと思う。こういう句ばかりに多行俳句は目立つと思うのだが、そういう実験作があってもいいかもと思える。
令和俳壇[題詠]夏井いつき
夏井いつきはそれほど好きでもないが俳句のテクニックを教えるのはやっぱ上手いと思う。
枇杷の花を入れ替えることで景が変わる。「取り合わせは」は何を表現したいかなので、ここにある枇杷の花によって、その季節に穫れる魚や枇杷の花から匂う喜びのようなものを感じるという。季語を主題にするとはそういうことなんだと。この句では魚拓が主体だと思っていたが季語の主題は枇杷だった。