労働者階級の「場所」からの私小説
『場所』アニー エルノー, (翻訳)堀 茂樹 (Hayakawa Novels)
今年度(2022年)のノーベル賞作家だというので読んでみた。初読み作家。
労働者階級の父の葬儀から回想へ、語り手は労働者階級から抜け出てブルジョア階級の作家になるのだが(ほぼ自伝的?)、ブルジョアのフランス文学とは一線を画す階級を描いたリアリズム小説。いままでそういう小説はなかったのか?と思うがフランス文学ではなかったのかもしれない(移民の文学はあったが)。
『失われた時を求めて』の女中のフランソワーズの言葉をブルジョアである語り手はからかうのだが、そういう言葉の階級社会を描いて、飾りつけしない(修飾しない)事務的な言葉で伝えるエルノーの言葉は、父の(野暮というような)素朴さを伝える。
父の言葉は労働者階級が身につける国民読本『二人の子供フランス読本(「義務と祖国」と題される)』(服従を誓うイヌの家来を描いた『桃太郎』のようなものかもしれない)は、キリスト教の神の服従の教えを元にしている。
そして軍隊で学んだ卑猥な言葉。そうした言葉とは明らかに違う世界に逃げ込んだ娘の追憶の物語。階級差の中に父が生きた淡々としたフランスのもう一つの歴史物語があるのだ。
図書館のシーンが印象的。父と娘が借りに入ったが、それ以来二度と入ることがなかった図書館。父は図書館の言葉を拒否し娘は憧れの世界の扉だったのだ。
父との関係に付随する母との関係も見え隠れするのだが、その予感が次回作なのか、続けて読みたい作家でもある。そして、刺激的な映画も公開されていた。