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シン・俳句レッスン4

サルスベリが咲いていると夏だよな。

アウトロー喧嘩は上等百日紅

アウトロー俳句を作ってみた。喧嘩=献花の掛詞。挨拶句なのか?

アウトロー俳句

そういうことで今日はアウトロー俳句の研究。日記の方にも書いたのだがアウトローは根本的に違うと思う。アナーキストは憧れるが。アナーキスト俳句を目指そうかな?

キャバ嬢と見てゐるライバル店の火事         北王路翼
この毛布ぢやないときつと眠れない     佐久間瑠音
木枯がバンドエイドを硬くする       照子
石鹸玉(しゃぼんだま)下に苦味の残りたる  冨永顕二
水温む岐阜屋の拭いてゐない皿      北王路翼
ネクタイの青き炎や蝌蚪(かと)生まる  寅吉
白木蓮散る鳥籠を捨てに行く       中山奈々
蒲公英は倒れてゐることが多い      五十嵐箏曲
薬師丸ひろ子五十三歳快感です      こーたろー
煙草吸ひながら浮輪の空気抜く      北王路翼
踏切の音になりたい夏休み        ふしぎ

いいね。「八百屋お七」だよな。

詞書に「枕はぜったい腕枕か膝」とある。依存体質だな。そういえば旧仮名遣いだった。そのへんはスジを通しているのか?

「木枯(こがらし)」はアウトローの季題だよな。

石鹸玉(しゃぼんだま)が季語だった。アウトローだから無季が多いのかと思ったがそうでもなかった。

「水温む」は有季定型というスジは通すのかな。季語からアウトローというパターンか?

百日紅献花上等アウトロー

柄モノを着こなせて一人前だという。そういえば昨日ピンクフラミンゴの黒シャツを見た。これで一句出来ないか?

黒シャツのフラミンゴ着たイタリアン

なんとなくイタカジのような気がした。

句跨りのテクニシャンか?二物衝動だった。

新宿ではそうなのか?

「薬師丸ひろ子」が季語だった。6月9日生まれ。忌日が季語になるなら誕生日もかな?

煙草でプールなのか?マナー悪すぎ。俳句のマナーも悪い。
こっちの方がいいな。

ふしぎと惹かれてしまう句だ。

篠原鳳作

篠原鳳作は新興無季俳句を牽引してきた俳人。

季題の無い都会美や機械美を詠ほうとしても俳句では不可能

高浜虚子『俳句読本』

という虚子の嫌がらせに関わらず敢然として立ち向かったのが篠原鳳作ということだった。白泉も篠原鳳作の影響を随分受けたようだ

炎帝につかえてメロン作りかな
しんしんと肺碧きまで海のたび
月光のおもたからずや長き髪
一塊の光線(ひかり)となりて働けり
あぢさゐの花より懈(たゆ)くみごもりぬ
赤ん坊の蹠(アウラ)まつかに泣きじゃくる

「炎帝」は夏を司どる神だという。「炎帝」は今日あたり使ってみたい季語だな。

「碧」が海のあおなんだろうな。

俳句の新詩精神(エスプリ・ヌーボ)という運動の中の俳句だという。その先駆的存在が高屋窓秋。高屋窓秋『白い夏野』チェック!

頭の中で白い夏野となつている

高屋窓秋『白い夏野』

「一塊の光線(ひかり)」高層ビル建築の労働者を詠ったものだという。これも「高層建設の歌」という連句だった。

「あぢさゐ」という表記がいい。その後の「懈(たゆ)く」という難解な漢字。疲れて力が出ないという意味だそうです。

「蹠(アウラ)」は白泉も使っていた。たぶん、こちらが先だろう。

高屋窓秋

「馬酔木」を主催した水原秋櫻子の高弟だったようで山口誓子と実作面で先導したとある。高屋窓秋は写生の方法ではなく心的イメージの創出、言葉から言葉へという象徴詩みたいな感じか。色も白が基調みたいだ。俳句の色を決めるというのも重要なのかもしれない。

頭の中で白い夏野となつている
ちるさくら海あをければ海へちる
山鳩よみればまはりに雪がふる
母の手に英霊ふるへをり鉄路
雪の山山は消えつつ雪ふれり
木の家のさて木枯らしを聞きませう
秋風やまた雲とゐる人と鳥
雪月花美神の罪は深かりき
核の冬天知る地知る海ぞ知る

まず先程上げた句。白い原稿用紙を広げて見入っていたというから相当の病んでいるな(褒めている)。

これも先程の篠原鳳作の「しんしんと肺碧きまで海のたび」と似ている。つまりいきなり名句が出来るわけではなく、その先達の句から連想したということだと思う。どんどん自分の好きな表現を盗めばいいのだ。全部一緒だと盗作になるが。

「山鳩よ」という呼びかけ。「山鳩や」という詠嘆でもなく自分の心に問うような。これは使おう。

結句の「鉄路」という体言止め。これは新興俳句で使われたテクニックだという。

算術の少年しのび泣けり夏  西東三鬼

リフレインの使い方も新興俳句特有かもしれない、普通だったら後の「山」は余計だろうとなるのだが、山が次々現れるから「消えつつ雪ふれり」が生きてくるのだ。

これも木の繰り返し。そうだ新興俳句は視覚的なのもあるのかもしれない。ここで重要なのは「さて」という口語である。

これも富澤赤黄男の句からの連想だという。

秋風の下にゐるのはほろほろ鳥  富澤赤黄男

「雪月花美神」は虚子の「花鳥諷詠」と対立する概念だろう。虚子がアポロ的だとすれば高屋窓秋はディオニソス的だから罪深い。

「天知る地知る海ぞ知る」は後漢書「天知る地しる我知る」のパクリだった。

今日はNHK俳句だったのだが録画し忘れた。夏井いつきさん「秋刀魚(さんま)」山田佳乃さん「間引菜(まびきな)」(7/17)まで。難しいぞ。「秋刀魚」は「碧」を使いたい。
「間引菜(まびきな)」なんて言葉始めて聞いた。

https://kigosai.sub.jp/001/archives/5527


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