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マッチ一本歌事のもと(第三話)

上条フミコの家はスタジオを兼ねたビルだった。けっこう金持ちの娘なんだと思ってしまった。応接間なのか骨董品が並んでいるような部屋で瓶コーラの自動販売機があり、コインを入れたフミコに何を飲むか聞かれた。セルフだからというのを、セフレと聞き間違えてドキマギする。

俺は彼女のコーラも持たされ階段を上がっていくと彼女の部屋に入った。そこは必要最低限のものしかない閑散とした部屋だった。白い壁、白い天井。白い本棚に数冊の本。たぶん歌集だ。あとは堂々とした白いベッドだ。彼女はそこに腰掛けコーラを催促する。俺は立たされたままだった。

「あんたがどんだけ短歌に真剣なのか、まず見せたいものがあるの。コーラを床に置いて。これは儀式だから」とフミコがわけがわからないことを言う。
「あんたマッチ持っていたでしょう。これからいいものみせてやるから、マッチを擦ってね、その短い時間で私の短歌を読むのよ!私の身体に刺青してある。」

こいつはヤバい女だった。ベッドでマッチを擦るなんて唯でさえ火事でも起こしたら危ないのに。フミコは、そういうが早いが電気を消して、ベッドにどさっと横たわる。ふみこの服を脱ぐ衣擦れの音がした。コートのポケットをまさぐりマッチを取り出し、マッチを擦った。俺は手が震えている。小さな焔の向こうに白い肌が横たわっている。フミコは上半身裸だった。が、胸は見事にない。その胸の間に文字が浮かんでいるのがわかった。俺はゆっくりその文字を読んだ。

失いしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ

中条ふみ子『乳房喪失』

最後は噛んでしまうとふみこの罵声が飛んできた。

「〈らむ〉は助動詞で現在推量。あんたそれが出来る。この私の乳房に花を捧げることが出来るかって、聞いているの!

「花持ってこなかったが……….」
「あんたバカ、ここで花と言ったらコトバの花に決まっているでしょう。」
「何をすればいいのか……….」
「つまりあんたのコトバの花をこの胸に捧げる歌を作るのよ。それを相聞歌(恋文)って言うの。まあ、今日は無理だと思うから、宿題にしておくか。これから第二儀式をやるから、電気を付けて。床に横になって寝てちょうだい。」
いよいよ童貞喪失か?と俺は期待してしまった。コンドーム持ってないけど。すでに電気が付いたときにはフミコは服を着ていた。俺は服を脱がされベッドに横たわる。フミコはボールペンを持って俺の身体に文字を書こうとしていた。

「いてっ!」俺は思わず叫んだ。そんなに強く書いたら血が出るじゃないか?と思ったがフミコの真剣な表情に、俺はなすがまま、されるがままの状態だった。そして痛いのを我慢しながら、フミコがいう儀式が終わるのを待った。その後に俺はフミコを襲うつもりだったのだ。
「今日その文字を消さないで、後で読んでみて。寺山修司のわたしの好きな短歌だから。いい、家に帰ってから読むのよ。もう儀式は終わったからさっさと服を着なさい」
その言葉を言い終わらないうちに俺はフミコに覆いかぶさった。フミコの胸は板のように固いと思ったら、ペン先が顔に飛んできた。俺は額から血を流しながらわけがわかない言葉をわめいていたのだろう。

「今日の短歌レッスンはこれで終わり」ときっぱりフミコが言った。ベッドの白いシーツには俺の流した血で染まっている。それを見てフミコは言った。
「貫通式は終わったわ」

それじゃ復唱して、今日の暗唱歌よ。額から血を流しながら俺はフミコの後から復唱した。

失いしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ

中条ふみ子『乳房喪失』


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