シン・現代詩レッスン23
テキストは『教科書の中の世界文学: 消えた作品・残った作品25選』から尹東柱「たやすく書かれた詩」。90年代は学校教科書に尹東柱の詩も載せていたのだ。韓流ブームだったからか?直接の契機は茨木のり子が紹介した本『ハングルへの旅』がヒットしたからとあった。他にも李正子(在日歌人)の短歌が掲載されていたりいた。1989年の芥川賞が李良枝(在日作家)だった影響もあるようだ。
ただし同じ頃に高史明のエッセイは文部省から掲載拒否されたようで、そのことも大きな問題となっていたようだ。現在ではこういう韓国や在日の作品は少ないという。教科書にもブームというものがあるんだなと思って新鮮だった。外国詩はなかったな。中野重治『雨の寮 品川駅』をやった覚えがある。その頃は真面目に授業など聞いてなかったと懐かしく思う。
満州生まれの朝鮮族の朝鮮人の尹東柱は日本留学生の詩人だった。生前は詩集を出してないのだが(手書き原稿で三部出したということだった)日本統治時代には出版できずに獄中死(その手書き原稿が見つかってか?)。日本の敗戦後に韓国で国民詩人と崇められ、日本では韓流ブームと茨城のり子の紹介でブームが起きた。日本と朝鮮=韓国、中国と乱世の時代を生きた(死んでいった)詩人だった。
「たやすく書かれた詩」は日本で書かれた現存する詩であるという。けっして「たやすく書かれた詩」ではないのだが、発表できないということであって詩そのものはすらすら書かれたのかもしれない。原作はもちろんハングルである。
まず名前が「ユン・ドンジュ」とは読めないと思う。どうしても日本の漢字読みになってしまうから。尹東柱もそのことに気づいたからなのか詩を書く時のペンネームは童舟(どうしゅう)と音が似た漢字を選んでいた。
背景を知ればそれほど難しい詩ではないと思う。日本留学(立教大学、キリスト教徒だったようだ)な時代のアパートの描写からはじまるリアリズム詩。やはり、自らを詩人と思っていたようで、それは覚悟の問題なのであろうと。
「汗の匂いと愛の香りふくよかに漂う」とは故郷・満州の家族から送られてきた感情か?そういうのは今の日本には希薄になっている。もちろん、私にはない感情だった。「学費封筒」とあるが日本留学も楽なことではなかっただろう。二行詩のくり返しだなハングルでは音韻もあるのだろうか?
まったく尹東柱とは逆の世界で、パロディ詩なのかと思ってしまう。
そんな苦難の時代にあっても夢見る若者の詩。素直に希望に満ちているはずだが、「かえりみれば 幼友達を/ ひとり、ふたり、とみな失い」と書かざる得ない過酷な状況。
悩みの種類は違うのだが、憂鬱になるのは一緒だった。そこに共感はある。
二行詩から三行の変化は重要なことが書かれているのだろう。タイトルにも触れることだった。最後の一行は余計な感情のように思えるが「恥ずかしいことだ」は様々な余情を含んでいるのだろう。亡くなった友に対してや彼が身を置いている共同体や世界の不条理など。そのあとも二行詩がつづくのだが、この余剰の一言がたやすく書けなかった心情なのだろうか?