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シン・現代詩レッスン60

富岡多恵子『返禮』

『現代詩手帳 2023年9月号』が富岡多恵子特集だった。アンソロジーを編集したのは伊藤比呂美でこの詩はいいと思った。富岡多恵子が観念語を使う詩人ではなく日常語で比喩も少ないという。詩そのものが比喩というのか問いなのである。

返禮

あなたがた
すきな女のまえで
すきな男のまえで
欲しない女のまえで
欲しない男のまえで
あいしています
あいしていました
あいしてゆきます
いつまでも

富岡多恵子『返禮』

タイトルの漢字意外に難しい言葉はない。タイトルも旧字で書かれているから難しく感じるのであり、新字体では「返礼」だ。ざっと読んで「あい」のことを言っているのだろうと理解出来る。だがこの「あい」が難解だ。ただその決意書みたいな詩である。

返礼

富岡多恵子様
確かにその言葉を受け取りました
好きな女もまえでも沈黙は出来ない
尊敬する男の前でも歯向かってみせる
欲しない女の前は通り過ぎる
欲しない男の前も無視していく
そんな言葉ばかり発して
大切な言葉を見失って
ただ言葉だけの世界は
居心地が良かった

やどかりの詩

あいよりも言葉をもとめていたのかもしれない。あいなんてありきたりな言葉などではなく。

あなたがた
あいしています というて
なんとまあ
ぎょうさんの法律をこしらえ
健啖家そのもの
いいパパ
いいママ
親ばかちゃりん
失恋は新薬広告のここちよさ
失恋とは失礼な
どだい失恋なんて
あなたがたには無用の長物
あなたがたには
ひとりがないように

富岡多恵子『返禮』

ほとんどここは変える必要がないぐらいに共感してしまう。ここは飛ばそう。

しかしまあ
失望しなさんな
とにかく
あなたがたは
すぐにしょげることが出来るじゃないか
(略)
(第七連 ラスト)
しかしまあ
心配しなさんな
今に
今にきっともらえる
あいしていますというて抱いた
あいしていないというて抱いた
すぐに覚えてしまった習慣に
何倍にもなってやってくる
たくさんたくさんもらえる
今にきっと
あなたがたひとりひとりに
あなたがたひとりを
あなたがたひとり以上のものを
ひとりにひとり以上のものを
嘔吐のこないひとりの胃痛の返禮 おかえし

富岡多恵子『返禮』

「嘔吐」はサルトル『嘔吐』を意識していると思う。しかしそういうインテリじゃないから「嘔吐」なんてないと書く。それは胃痛の返禮 おかえしなのだ。

しかしまあ
とあなたは憐れむ
しかしそれはお互い様だと
こっちも憐れむ
今にきっとひとりじゃないと
あなたを見ていて
ひとりになれないひとり以上の存在を感じる
あなたに対して
嘔吐にならぬように言葉を吐いているのだ

やどかりの詩


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