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シン・現代詩レッスン78(10月の詩)


愛する女(鮎川信夫『死んだ男』)

愛する女

たとえば愛だ
その愛は誰に向けられていたのか?
その愛が己を引き裂き、愛されない自己矛盾に陥るのだ。
ただ愛から始まる、愛国心も家族愛も他人を愛することも。
──これがすべての始まりである。

遠い声がする………
受話器の向こうからまた一緒になること望む声
それが出来ないからわたしはMを捨てたのだ
姨捨山に。
誰もが自分の生活が一番という。
Mの狂気は幻想の愛だった。

Mよ。一番幸福だった時代にぼくはたずねたものだった。パパはどうしてぼくを嫌うの?そんなことはないとMは否定する。それはMの愛の言葉。しかし幼いぼくの方が知っていたんだ。その裏付けはMが愛されていると望んだから。その結果がぼくの生まれた理由だ。

ただMも愛のために捨ててきた者がある。絶えずその不安はぼくにも伝染していた。Mの愛のずるさは子どもを人質にしたことだ。愛のテロリストして。

埋葬の日は、愛の言葉などなく
おしゃべりが続く、愛を失った者の近況報告。
まだ埋葬されない言葉だけが反響する。
Mは静かに横たわって目を閉じてこの愛のない世界で埋葬される。


観覧車(鮎川信夫「橋上の人」)

観覧車

未来都市の向こうの観覧車は光り輝き
濡れた恋人たちを運んでいく曇天の空
雨風を凌ぐビルの中は
いつか見た映画のゾンビ・タウン
疲労した足を引きずりながら
動く歩道を歩こうとすると
ゾンビの恋人が道を塞ぐ
泥の川は海にそそぎ
無数の 水母 くらげ が窒息しそうに群れていく
しかし、夜になればライトが照らされ
闇は消されていく

恋人よ、
その昔、君をベスパに乗せていく埠頭
あの頃誓い合った言葉も虚しく
暗渠の中に閉じ込めて
今は動く歩道の上で足留めされている
同じベルトコンベアーで運ばれていく 影 ゴーストとなって
恋人よ、
観覧車に乗るのさえ我慢していたんだ
それはすでに過去の記憶を虹色に染める
だが、血塗られた涙を忘却して
その一回りで一生の負債という借金地獄の中で
どこまでも見栄をはり偽りの仮面をつけている
恋人よ、

母よ、
裏切った息子を許せよ、
捨て猫だけを置き去りにして
それを息子代わりと思えばいいさ、と
捨て猫がいなくなってから
母は悲しんだ。まるで本当の息子が死んだように
たくさんの水母 くらげは 暗渠を流れゆく


『1984』(田村隆一「九月 腐刻画」)

『1984』

1983年の暮、オーウェル『1984』は
池袋芳林堂書店に平積みにされていた
ぼくはそれを年内に読まないと年は越せないと思った
世紀末はやってこない
ぼくらは『終わりのない日常』読んでいた

ロサンゼルスオリンピックのTV音声の中で
巨木の伐採のバイトをしていた
敷地圏争いの境界の木だった
小さな争いは日常茶飯事でもぼくらは気にしなかった

バイトが終わるとジャズ喫茶巡りだった。
新宿のDIGはあったのか
DUGはあったけど渋谷は「ジニアス」
お気に入りは神保町の「響」と「コンボ」だった
上野の「イトウ」にも行ったし
なんなら横浜の「ちぐさ」や「ダウンビート」も

男女男の三人関係がずっと続くと思っていた

1989年の「天皇崩御」「ベルリンの壁崩壊」「天安門事件」時代は大きく変わっていた
しかしぼくらは潰れたジャズ喫茶の下
カラオケスナックでJの中森明菜やテレサ・テンを聞いていた
アル中になったYはいつも酔いつぶれていた
彼は絶望していたのだ
慰謝料の金で飲み、それ以上の借金を重ねていたYだった
こうしてバブル時代は過ぎていく
ミレニアムの思い出もないままに
父の遺産とバブル女と
どこか狂っていたと後から思ったのは
ヘネシーもナポレオンもをただのウィスキーだと思って飲んでいた
すべてが不動産屋の旦那のお歳暮かお中元


2024年の冬(鮎川信夫「アメリカ」)

2024年の冬

一九四二年の冬だった

そして銃を狙ったお互いの姿を嘲りながら
ひとりずつ夜の街から消えていった


と鮎川信夫が詩を書いた。僕達はどうそれを受け取ればいいのだろう。
すでに敵は外の世界へ去っていった。それは本当だろうか?
TVの中の戦争は続いている。戦争アニメだって好きだ。
ネットでは戦争待望論もある。中国は生意気だ。
そして、日本の総理大臣が戦争オタクとなったのだ。

未来都市の向こうの観覧車は光り輝き
濡れた恋人たちを運んでいく曇天
雨風を凌ぐビルは
ゾンビ・タウン
疲労した足を引きずりながら
動く歩道を歩こうとすると
ゾンビの恋人が道を塞ぐ
泥の川は海にそそぎ
無数の 水母くらげ が窒息しそうに群れていく
しかし、夜になればライトが灯され
闇は消されていく

僕たちは都会の胃袋をさまよいながら

君に夢のコトバを呟いていた
1989年の「天皇崩御」「ベルリンの壁崩壊」「天安門事件」
時代は大きく変わっていた
しかしぼくらは潰れたジャズ喫茶の下の
カラオケスナックで中森明菜やテレサ・テンを聞いていた
アル中になったYはいつも酔いつぶれていた
彼は絶望していたのだ
慰謝料の金で飲み、それ以上の借金を重ねていたYだった
こうしてバブル時代は過ぎていく
Aよ 僕らは君の叫びを忘れていたのだろうか?

僕たちに君の高さが必要なのだろうか?

(注)太字、鮎川信夫「アメリカ」


囲繞地(鮎川信夫「囲繞地」)

あなたは遠くへ行けなかった
大木が立ちはだかる その先には人気のない墓地がある
大木を切り倒せというのが父の命令
日陰になって道を塞ぐからみんなのためにお前が働くのだ。
大木を切るのは父の役目
切り株の根を掘り
それを切っていくのはぼくの役目

夢を見ようとTVはオリンピックだ
根切り作業だったら金メダルものだ
強敵は中国やロシアの木こりたちか
韓国選手の雄叫びは柔道だった
僕は疲れて昼寝をしていた
サボるなと父の声

根無し草のぼくに与えられた
ただ一つの仕事
クレーン車で引きずり出すまで
根切り作業
切り株はトラックで運ばれていく

あなたはその部屋にいた。囲っているなんて騙したんだ
ブロック塀を高く重ねていく父がいる
そこはあなたの墓場

そこの窓から入りなさい
窓はまだ塞がれていないから
どうせ僕を人質に取るつもりの
鬼母だ だから父が閉じ込めたのか

大木の梢が囁いていたとき
落葉がこの部屋に不審を知らせた
わたしはただ座って見守っていた
樹が切られていく音
引きずり出される音
を聞きながら

それをお前に語ろうと思うのだ


2024年10月16日(鮎川信夫「あなたの死を超えて」)

2024年10月16日

生き延びてきた僕の精神に
忘却のときが流れ彼女の顔が浮き沈みする
美しかった姉さん!
いまでは暗渠から広い海に漂って
水母くらげ の餌となっているかしら
「お前が母をたぶらかした男の息子だな」と
突然、声が降りてきた
「母さんを返せ!お前は死ね!」
繰り返されるイタチごっこのようなセリフ。
でも、それはわれ知らぬこと
そのとき修羅雪のように寒気がしてあらわれたのも
姉さん!
二人の姉が睨み合う
「家 うち の舎弟に手を出したらあたしが許さないから」
「お前があの男の長女か、姉弟揃ってアホ面だね」
「言っとくけどあたしは父無し子なんでね、親姉弟は義理人情の世界で生きているのさ」
「そんなの私に取ってはどうでもいいんだよ、義理だとか人情だとか、その上に愛があるんじゃないのか?」
「てめえの母親が育児放棄したからって、てめえは今日まで育ってきているじゃないか?筋違いんなんだよ、恨みの晴らし方が」
「うるさい、キチガイ女が、お前は関係ないだろう。これは母と弟と私の関係なんだ」
と言って刃物で切りかかってくるが、修羅雪の姉さんはぱっと切り捨てた
姉さん!
「どっちの姉さんのことを言っているんだお前は?馬鹿なお前の初恋は終わったんだよ」
そんな、姉さんなんて大嫌いだ!


寝ていた女(鮎川信夫「寝ていた男」)

寝ていた女

目覚めたときぼくは姉さんとベッドを共にしていた
姉さんの白い肌に血が付着していた
姉さんは処女だったのか?
ヤバいことになったもんだ
とにかく姉さんを起こさないと

姉さんが目覚めた
真っ白な裸に目が眩む。
「姉さん、今日はもうおしまいにしよう」
「何言ってだ、お前。このままじゃ逃げられないじゃないか」
ぼくはぼんやり思い出した
姉さんはもうひとりの姉さんを斬り殺して
ぼくは気絶したのだ
その血はもうひとりの姉さんの血だった

近親相姦なら死刑になることはないが
人殺しは姉さんは死刑
共犯のぼくは無期懲役
「どうしよう」
とぼくが怖気づいていると
「逃げるんだよ」
と姉さんがこともなくいう

姉さんはホテルのガウンに着替えて
ぼくの服を投げてよこす
ぼくもすっぽんぽんじゃないか?
ぼくたちはむすばれたのだろうか?
共犯者になっているのは間違いなさそうだ
「いい、イメージするのよ」
姉さんは語気を強めて言う
「お前の好きな映画のラストシーンは何?」
『明日に向かって撃て!』
「『俺達に明日がない』じゃなくて良かった
まだ希望が見えるもの
ここを出たらとにかく逃げるのよ
これはお前の映画 イメージ の中なんだから」


ミューズに(鮎川信夫「ミューズに」)

ミューズに

姉さんは 泡姫ミューズ となってぼくたちは潜伏した
いまじゃ歌舞伎町のミューズだった
姉さんが修羅雪姫だとは知らない男たち
姉さん、本当は毎日ぼくのために泣いてくれるのだろう
でも、姉さんはそれは快楽のためだという
嘘の演技も本当のことも
この世界はごちゃまぜだ!

だから姉さんが静かに眠った時に詩を捧げる
その手記を見るといつも破り捨てて怒鳴る
また違う女の夢を見ているお前は
現実を知らないねんねだね

ぼくはそれでも秘密の手記を書いているのさ
本当の姉さんとぼくたちのことを
それが泡姫伝説となるのは遠い遠い先のこと
姉さんは花柄パンティなんて履いてない
そこは深い深い闇の世界だ………


詩信(鮎川信夫「私信」)

詩信

 To Sister
toじゃなくTwoかもしれない。二人目の姉さんへ

「囲繞地」という漢字は読めないと思う。ぼくもそれまで知らなかったんだ。世の中には知らないことばかりで、姉さんが二人いたなんて、それをもう一人の姉さんは妄想呼ばわりするんだけど、本当はもう一人の姉さんが殺したんだけど、まだぼくの頭の中に巣食っているのは妄想姉さんなんだ
。ただ、これだけはもう一人の姉さんがなんと言おうとぼくの姉さんなんだ。だってこれはぼくの頭の中でのことだから。もう一人の姉さんから守っていく自信はあるよ(ずいぶん面倒くさい話なんだけど、このことを理解してくれるのは姉さんしかいないよ)。

神よりも神の代替物よりも姉さんが女神なんだ。もう一人の姉さんは泡姫 ミューズだけど。女神様は、誰にも必要なんだと思う。特にイエス・キリストみたいな弱っちい男には。そういうのは男の生理なのかな?生理はないから想像の生理かもしれない。修羅雪の姉さんだって、それは生理じゃなく姉さんの反り血だと言ったけど、それはぼくが復讐してやったのさ。ああ、これは虚構だからね。ときどきとんでもないことを言いたくなるんだ。

だからこれは秘密の私信で誰にも見せてはいけないよ。ぼくの頭の中の「囲繞地」ということなんだ。もう秋は絶滅したのかもしれない。こっちの世界は暑い夏が終わってもう冬になっているんだ。


あばずれマリの歌(鮎川信夫「小さいマリの歌」)

あばずれマリの歌

今日はバニーガールで
お出迎え
昨日は因幡の白兎で
明日はアリスの兎で役割交換
それも秘密クラブのママごと故に

刺激を求めて仮想パーティ
ハロウィンには堂々街中を廻って
いたいけな娘をリクルートするさ
ここは歌舞伎町地獄の十三丁目

なんだお前は白装束の白雪スタイル
年増な姫はさっさとお払い箱さ
それがここのルールと忘れなさんな
忘れな草はお前の寝言
あばずれマリーは仮の姿よ

やっぱここにも修羅雪と寝首をかいて
死んだ 骸むくろ に南無阿弥陀仏


この涙は甘い(鮎川信夫「この涙は苦い」)

この涙は甘い

あの本屋は
潰れただろうか

ビニ本を映画雑誌に隠してレジへ
親父は大丈夫だったけど
女将が怖い顔して睨まれた

あれから四十年以上は過ぎている
立派な大人にはなれなかったけど
あの本屋で買った難しい本も懐かしい

そこで本を斬るかよ
修羅雪姉さんは………


夢の変貌(鮎川信夫「泉の変貌」)

夢の変貌

無意識劇の始まりは
賭博場のポーカー・ゲーム
君も噛ませ役の家来を連れて
いかさまゲームさ

掛け金は君の身体と領土
五枚のカードは君のハートと
ぼくのクラブが混ざって
ダイヤは君の家来と
クローバーはぼくの家来の
いかさま博打

そうさ、ロイヤルフラッシュで
勝負は決する。
西方の窓に見える君の領土も
やがて城は燃え、反乱が起きるだろう
そろそろ王の使いがやってくる時間
君の手札はもうないのだから

そうして夢から覚めて
修羅雪の姉さんが
首を掻き斬るのは
これも幻
今日は「緋牡丹お竜」のお出ましか?


死がきみを(鮎川信夫「詩がきみを」)

死がきみを

姉ちゃんに

そろそろ姉ちゃんとも決着をつけるときが来ていると思うんだ。
これは「果し状」なのである

「生きるのを断念するのは
たやすいことだ」と姉ちゃんが言ったとき
どっちの姉だろうか?
殺される方の姉か殺す方の姉か?

どっちか選ばなければならないなんて
不公平な話で不合理なんだ
それが姉ちゃんに分かっているとは思えない
無理に分ける必要なんかない

お前が馬なら私は鞭を打つというのもまやかし
SMごっこは仮の姿で何処かに潜むテロリストの血
だけどぼくは馬でさえなく、狼でもない
でも「一寸の虫にも五分の魂」という
尺貫法は頭が痛い
割りきれないぼくがいるってことさ

そしてぼくの詩が完成したときに
姉ちゃんの死は確実に
ぼくは彼に倣って
「姉ちゃんの死」ではなく
「詩の姉ちゃん」を歌おうと思う


木枯らし一号(T・S・エリオット「荒地(部分)」鮎川信夫翻訳)

木枯らし一号

クマエで巫女が甕の中にぶらさがっているのを見たが、少年たちが「あんたは何がしたいの」とたずねると、巫女は「死にたいの」だと答えていた。
                     名匠エズラ・バウンドに

十一月はめげる季節だ
士 さむらい 月なんて呑気なことを言っているとあっという間に
十二月だ
十二月は姉さんの月

球根栽培しているって近所じゃ噂の
爆弾娘とは姉さんのことさ
白菊が散るときは
ぼくも一緒さ、覚悟は出来ている

「またいつもの与太話かい
時代が違うんだって、それは遠い夢の世界の話
お前がうけなければならないのはロボトミー手術だね
──そうさ、ぼくたちはロボットのように動かされているのさ
運命っていう奴に
ぼくは姉さんの命令よりも運命に従っている
だから自爆テロならさっさとやってしまおうよ
木枯らし一号がやってくる!
冬将軍もやってくる!

きみ!偽善家の読者!──わが同類、──わが兄弟よ!

(注)太字、T・S・エリオット「荒地(部分)」鮎川信夫翻訳


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