シン・短歌レッス96
紀貫之の和歌
『古今集 恋歌一』。『古今集』だけでなく次の勅撰集『後撰和歌集』にも収録されている歌だそうで、上句が情景で、下句が心情という構図。景から情へというのが『万葉集』以来の伝統であるという。「吉野河」は歌枕。「はやく」を導き出す序言葉が景として読まれているのだが、それは情にも影響を与える見事な景になっている。下句では「思ひ」しか言ってないのである。
『古今集 恋歌一』
「恋歌一」はまだ見ぬ恋ということで、噂に聞いて恋するというような。それで歌を送るのだから、よほど自分に自信があるか権力を持っているものなのだろう。この巻は詠み人知らずが多いのは身分を明かせないそういう理由だろうか？
ほととぎす鳴くやさ月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな 詠み人知らず
上句「あやめ草」までが「あやめ」の序詞。「あやめ」は織物の（あや）と織り目の掛詞。「あやめも知らぬ」で分別も失って、夢中になっての意味。序詞の「ほととぎす」が恋を招きよせる歌声の意味で、恋をしようというそれだけの歌なのだ。
音にのみきく白露夜はおきて昼は思ひにあへず消（け）ぬべし 素性法師
「音にのみきく」は噂に聞く。露が夜は生じるけど昼間は消えてしまう恋しい人よ。きくは「聞く」「菊」の掛詞でもある。「消ぬ」は「露が消える」と「死んでしまう」の掛詞だった。死にたいほど悶えているということか？
見ずもあらず見もせぬ人の恋しくばあやなく今日やながめ暮さむ 在原業平
（返し）
知る知らぬ何かあやなく分かきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ
馬車の中にほのかに見た女に恋して懸想文の歌を送った業平だった。独り言のようなモノローグだが詠嘆調で実感をしみじみ詠んだ業平らしい歌だという。
伊勢物語九十九段「ひをりの日」でふたりは結ばれる。
春日野の雪まを分けて生ひいでくる草のはつかに見えし君はも 壬生忠岑
これも上句は序詞で「はつか」はわずかにの意味。
初雁のはつかに声を聞きしより中空にのみ物を思ふかな 凡河内躬恒（おおしこうちのみつね）
「中空」は心も空にの意で、夢中になって。「物」は「恋」。「初雁の」は恋の喩えになち「中空」は雁の縁語。「物思ふ」は忍ぶ恋の嘆き。同時に人事の歌でもあるという。
夕暮は雲のはたてに物ぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて 詠み人しらず
「はたてに」は「果てに」。「天つ空」は手づるのない人で、この歌も忍ぶ恋と人事の両方に読める。
ちはやぶる賀茂の社の木綿襷（ゆふだすき）ひと日も君をかけぬ日はなし 詠み人知らず
「ちはやふる」神を讃える枕詞。「木綿襷」神に捧げる木綿のたすき。「かけ」の序詞。
駿河なる田子の浦波立たぬ日はあれども君を恋ひぬ日はなし 詠み人知らず
万葉集「韓泊能行の浦なみ立たぬ日はあれども家も恋ひぬ日はなし」の本歌取り。
涙川なに水上を尋ねけむ 物思ふ時のわが身なりけり 詠み人知らず
「涙川」は実際の地名であるよりも涙の隠喩表現。『史記』「張騫（ちょうけん）」故事、黄河の水上を尋ねて天に至ったという。涙の源はわが身（こころ）であったという。
思ひやる堺はるかになりやする惑ふ夢路に逢ふひとのなき 詠み人知らず
技巧的な歌だという。夢を「夢路」というイメージでそこに逢う人がいないという。そして堺を超えて辺土に迷ってしまたという歌。詠み人知らずの歌だが『古今集』編集当時に作られたもっとも新しい歌だという。後の『新古今』の魁となる歌だそうだ。
葛原妙子
西湖畔西冷印社の朱泥を購ふときまさに西のそら冷えゐたり 『朱鷺』
「西湖畔西冷印社」はどこかの会社ではなく中国の観光地で筆墨の老舗ということだった。そこで朱の墨を買ったということなのか。葛原妙子の歌は何気ない日常をことさら美的に詠んでいる。西の空は彼岸でそこに冷えているイメージ。『朱鷺』という総題は、この歌から出ているようだ。
わがめがねひだりの玉の脱け落ちてしづくのごときは垂りしとおもふ 『朱鷺』
眼鏡のレンズが外れたぐらいで「しづくのごとき」と大袈裟に詠んでみる。随分大きなしづくだ。それが「おもふ」という歌語（旧仮名遣い）によって幻視性を醸し出しているのか。内面の深い悲しみを堪えているというのだった。
肉親の汝（な）が目間近かに瞬くをあな美しき旅情をかんず 『朱鷺』
幼い娘だろうか？母性的な感情を短歌にしたのかもしれない。「旅情」がポイントかな。すでに離れ離れになることを想像出来るような気がする。それは距離だという。
あな遠く市街の中空にくるま流れ玉虫ほどのひかりとなりゐき 『朱鷺』
「あな」が歌語なのかもしれない。その世界ではくるまも「玉虫」として光の幻視世界なのだ。「玉虫」というところが葛原なのか、「蛍」だと凡人か？
楽想に似たらずやかのマンモスが黄色（くわうしよく）の和毛（にこげ）もちてゐしこと 『朱鷺』
博物館でマンモスの腹毛を展示してあり、そこからマンモスの全体像を想像するかのような「楽想に似たらずや」なのであう。換喩というテクニックか？
書を移すひと日ありけり書のあひにをとめなりにしわが声ひそむ 『朱鷺』
本の整理を歌ったものらしい。書物の筆写を声出していたらすでにをとめではなく老婆の声だったのかと思ったのだが、昔読んだ本のページをめくり乙女の記憶が蘇ったということで老婆の声は潜んだということだった。逆の意味だ。
疾風はうたごゑを攫(さら)ふきれぎれに さんた、ま、りぁ、りぁ、りぁ
これも前の歌の続きなのか。そうすると乙女の歌声で詠んだつもりがきれぎれに老婆の声になっていたということなのか？この歌は葛原妙子の代表歌にように捉えれているが。解説を読むと実際にヨーロッパに行ってカトリックの教会の祈りを聴いたとされるが。孫の洗礼式が背景と川名里子は書いていた。ヨーロッパで孫の洗礼式なのか？凄いな。そこまでは想像できなかった。賛美歌の声が教会の天上へ響くのに対して横にいる観察者には切れ切れに無様に聞こえるということだった（信仰心がないため）。
ゆうぐれにおもへる鶴のくちばしはあなかすかなる芹のにほひす 『朱鷺』
「芹のにほひす」は実際の匂いではなく想像上の匂いだという。そこに鶴の高貴さを思えるかどうかだという。物を見るという写生の方法をイメージで目を閉じて写生する（対象物の核心に触れる）ということを川名里子は書いていた。それは斎藤茂吉の「鶴」の歌の写実を理解することだと葛原は言っている。
わが目より涙ながれて居たりけり鶴のあたはまは悲しきものを 斎藤茂吉『赤光』
茂吉は鶴に涙を流すが、葛原は一人孤独を堪えている。
かくおもたき母の睡りをいづかたに運ばむとわが子の姉妹ささやく 『朱鷺』
葛原が居眠りをしているときに子である姉妹がベッドへ運ぼうか相談する声が聞こえてくるという歌。「かくもおもたき母の睡り」はすでに死後の世界に思いを馳せているのだという。葛原妙子なら死後も重たそうだ。
ひえびえとかひこの毒を感ぜしむ絹の衣ながく纏へる汝(なれ)は 『朱鷺』
かいこの冷たさが「毒」と感じられることで蚕に毒があるというのとは違うという。さらに絹の衣を纏う女なればそれは毒女であろうという。面白い歌だ。
子供はつくづくとみる 己が手のふかしぎにみ入るときながきかも 『朱鷺』
二句目の空白は詠嘆。自分の手と見比べて違和感を感じている。日常的な慣れを排しているという。
他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水 『朱鷺』
葛原妙子の代表歌。台所のフライパンを見て、遠い水が見えたという。日常の慣れから幻視する非日常の世界か？フライパンを火にかけた時の水が消えていく様子かもしれない。
ちゃんねるX点ずる夜更わが部屋に仄けく白き穴あきにけり 『朱鷺』
放送が終わってしまったTVの画面に異次元（空虚）の通路を見る。
雁を食せばかりかりと雁のこゑ毀（こは）れる雁はきこえるものを 『朱鷺』
これも代表歌だという。上句六五五の破調だが「かりかりと」がリフレインしている。高層のレストランで雁の飛んでいる姿を見て哀しみが来たというのだが、それでも食べるんかい！と言いたくなる。川野里子によると芭蕉の「病雁に夜寒に落ちて旅寝哉」と響き合っているという。むしろ諧謔的に響いているのかもしれない。
水の音つねにきこゆる小卓に恍惚として乾酪（チーズ）黴びたり 『朱鷺』
「ヴェネツィアにかつて苦患ありき」の連作二十九首の一作目。乾酪は造語だと思ったが辞書にあった。チーズが黴るのはブルーチーズなのか？稲葉京子は古いチーズが黴たと思っているが、恍惚として食べるんだと思う。
わが右手はたらきながらひだり手の停（とどま）りて知る除夜の静寂 『朱鷺』
これも台所短歌だろうか？左右の手が違ったことが出来るのは才能だろうか？それを意識しているということの方が才能か？葛原妙子は「わが」から始まる歌がけっこうあるような。自己中な人なのかもしれない。
剥製となりし磯鴫いつはりのちひさなる火をひとみに点ず 『朱鷺』
磯鴫というと敏捷な鳥のようでそれが剥製とされる。火を点ずるのは葛原の異界操作であろう。
篠弘
『短歌 2023.4月号』が篠弘追悼特集だった。初めて聞く人だった。
ラールスのことばを愛す”わたくしはあらゆる風に載りて種蒔く” 『昨日の絵』
ラールスは画家なのだろうか？それよりも括弧内のことばの強度なのか？上手く収まっている。モダンな都市生活者ということだが。
退職の謝辞長くなりみづからの批判をすればさらに長引く 『東京人』
去り際を濁さずというのが東京人か？大阪人なら違うだろうな（そういう大阪人の方が好きやねん）。でも篠弘の挨拶は長かったらしい。
リアリズムというものは、みずからの「私生活」をのものを歌うのではなく「歌うべき生活」をみすからの内部に見出すことに他ならない
理想を歌へということなのか？
みづからを救世主とぞ履き違へ独り芝居を演じし水穂 篠弘
篠弘は編集者だったようだ。
いかにして編むか成り立つすべなきか企画書は机上すべてを埋む 『百科全書派』
ぬばたまの黒きクロース旧版の信夫全集をさすりてをりぬ 『軟着陸』
ラールスはフランスの百科辞典編集者だった。
ビル街の間なる道に曲がりきてわが言ひ過ぎしことばをメモす 『濃密な都市』
酩酊のポーズをとりし背の芯に浴びせられたる声を忘れず 『至福の旅びと』
仕事人間みたいでなんか苦手だ。
セクハラを教師糾せず合意ならば許すとでも言ひたかりしか 『緑の斜面』
出版社を退職後、大学の学部長に就任しての歌。
ふるさとは東京にして炎柱のゼブラゾーンが火の音たてり 『東京人』
大学で十年過ごした後の回想の歌だという。東京大空襲を知る人なのか？
法案は人の群るるを監視する例へばミュシャを観むしんがりも 『司会者』
共謀罪の反対の社会詠。ミュシャは「ミュシャ展」の行列のしんがりを合わせた。
半世紀来し古書店街に欲しいきもの無き日となりて霞のけぶらふ 『司会者』
晩年は神田神保町の古書店街も無為に思える境遇だったのか？
『近代短歌論争史』や『戦争と歌人たち』で、戦争協力者でない歌人もいたことを明らかにする。評論家としての篠弘。
『残すべき歌論』
寺井龍哉は篠弘は反戦で一貫ていたが、そこに限界があるという。短歌で戦意高揚を歌うことが短歌の勝利？であったかもしれないという。同じ轍を踏まないように、むしろ戦争協力者の短歌を研究すべきということのようだ。それは君がやるべきことでしょう？
対談を読むと近代の人のような仕事ぶりでパソコンは使わなかったそうだ。手作業の人なのか。やっぱ『近代短歌論争史』がずば抜けて凄いらしい。
うたの日
『 ルンバ 』。掃除機なんだろうが、自分的には音楽だった。
『百人一首』
阿波踊りルンバで勝負浅草のサンバの会とちびくろサンボ
♪３つ。まあ掃除機のルンバ勢が強かった。それも時代の潮流か？
映画短歌
『アル中⼥の肖像』
『百人一首』
秋風にさまよひ歩きアル中のもういつぱいが硝子の世界