セロニアス・モンクのいい話
『ジャズ・ロフト』(イギリス/2015)監督サラ・フィシュコ 出演サム・スティーブンソン/カーラ・ブレイ/スティーヴ・ライヒ/ビル・クロウ/デイヴィッド・アムラム/ジェイソン・モラン
解説/あらすじ
写真家、ユージーン・スミス(1918-1978)。戦場カメラマンとして活動後、当時絶大な影響力を誇った雑誌「ライフ」などで意欲的な作品を数多く発表、70年代には水俣病患者を捉えた写真集によって世界に衝撃を与え、のちにジョニー・デップ主演『MINAMATA-ミナマタ-』として映画化もされた。そんな彼が1950年代半ばから住んでいたマンハッタンのロフトには、連日連夜様々なジャズ・ミュージシャンが出入りし、ジャムセッションを繰り広げていた。「ライフ」編集部との軋轢や家族との不和を抱え、逃げるようにこの地へ移り住んだスミスは、ただ純粋に音楽を楽しむためだけに集まった彼らの自由奔放な演奏をつぶさに録音し、シャッターを切ることに没頭する。そのむせ返るような熱気を余すところなく伝えるのがドキュメンタリー映画『ジャズ・ロフト』である。
ユージン・スミスのドキュメンタリーなので、音楽ドキュメンタリーだと思って見に行くと期待を裏切られます。ただミュージシャンの貴重なインタビューやバックで流れるジャズが心地よい映画です。
インタビューでは、カーラ・ブレイとかフィル・ウッズの話が聞けるのでジャズファンならそれは面白い。当時のNYのロフトがどんな感じだったかわかります。
ユージン・スミスが住んでいた下がジャズ・ミュージシャンが集うロフトでユージンは写真だけではなく、録音機材を持ち込んで趣味の延長でロフトのあらゆる音を録音していた。電話の盗聴?からラジオのニュース、そしてNYの喧騒の中で夜中まで演奏するジャズミュージシャンたち。
ユージンは、写真だけでなくそうした音を録画するマニアだった。60年代の音と写真。もう少し遅く生まれたら映画を撮っていたかもしれない。
ロフトのミュージシャンたちはズートとかモンクがやってきたということだった。ロフトに住んでいたドラマーは、薬物中毒で25歳で精神病院送りになったとか、悲しい話も。
ロフトにはピアニストの作曲の先生がいて、セロニアス・モンクのアレンジャーとしてタウンホール・コンサートに参加する。それでロフトにミュージシャンが集まって練習をする。フィル・ウッズはモンクとのタウンホールのビックバンドのメンバーでモンクの曲が難しかったと口三味線で見事に歌ってみせたり。ホルンの人だったかな、ジャズには慣れてないから上手く出来なくて、そのときにモンクがつきっきりで教えてくれたと。踊りながら教えてくれたので上手くできたとか。そのへんの話は面白い。
あとユージンのNY時代の頃とか、沖縄戦で重傷負ったけど「楽園へのあゆみ」でカムバックした話や現像に対するこだわりとか。水俣に行くまでユージン・スミスのドキュメンタリー。