シン・現代詩レッスン63(九月の詩) 16 やどかり 2024年10月3日 02:23 返礼(富岡多恵子『返禮』)返礼富岡多恵子様確かにその言葉を受け取りました好きな女の前でも沈黙は出来ない尊敬する男の前でも歯向かってみせる欲しない女の前は通り過ぎる欲しない男の前も無視していくそんな言葉ばかり発して大切な言葉を見失ってただ言葉だけの世界は居心地が良かったしかしまあとあなたは憐れむそれはお互い様だとこっちも憐れむ今はきっとひとりじゃないとあなたを見ていてひとりになれないひとり以上の存在を感じるそういうあなたに対して嘔吐にならぬように言葉を吐いているのだ 蜉蝣の娘(吉野弘『I was born』)蜉蝣の娘生まれてこないほうが良かった娘はそう口走る説明もなしに母は頬を叩いたお前は蜉蝣の娘なんだよ。これから生む機械となって沢山の子供を産んで国家に貢献しなければならない。「産めよ増やせよ」の世界なんだよ。お前の御託なんて蜉蝣のようなもんだ。馬鹿な蜉蝣さ。母さんは蜉蝣なの?違うでしょ。その喩えは間違っている。蜉蝣だって、幼虫時代はあったんだよ。真っ暗な世界で翔び立つことを夢見ていたんだ。まさか産む機械となるとは思わないで、天下に自由に翔び立ってやりたいことを夢見ていたはずなんだ。母さんはこの狭い現実しかみえないから蜉蝣のようだなんて言うけど、蜉蝣の夢を考えたことはある?無数の可能性としての夢があったんだよ。それがわたしの生きるということ。母さんのようにならない人生を送ること。そんなことあってから間もなくことだった。母は死んだんだよ。わたしの代わりに。そしてお前を産んだのさ。これも母さんの意志だろうかね。 秋の伐採祭(ライナー・マリア・リルケ『秋』富士川英郎訳)秋の伐採祭ばっさばっさ伐採だ用済み老木の桜なんて折れやすいったらありゃしないもう寿命なんだ、あきらめろ、切り株には太陽の光線 また苗木を植えれば十年もしないうちに育つよ。ばっさばっさと伐採だそして夜々には、住処を失った鳥が夜空を飛び続けて、孤独の中へ落ちていく崩壊していく世界よ、崩れていく時間の渦、砂時計の残された有限性の中でほかのものたちを見るがよい 落下はすでに始まっているのだしかし一羽の鴉がけたたましく鳴いて音痴な歌を歌っている 取り残された切り株の上で 沈みし鐘(スチユアル・メリル『沈みし鐘』永井荷風訳)沈みし鐘我は鬼の子童子姫の依頼で鐘を撞く水に沈む 黒鉄 くろがねの鐘その響は神話の中で蘇る 湖う み の底で鐘を撞く。底なし闇は渦を巻き 女禍 ねがえり 姫は叛徒 はんととなる。ひっくり返すは王の時間 渦潮うずしお は非可逆性の闇の世界へ。咲くは 運命の女 ファム・ファタル の水中花。湖畔の木々、鳥たちは歌う。黄泉に沈んだ叛徒の姫を、我こそは 実 げに、鬼の子童子。忠実なる姫の下僕。 ジャズと踊り子と赤い汗の記憶(エミル・ヴオオケエル『音楽と色彩の匂いの記憶』永井荷風訳)ジャズと踊り子と赤い汗の記憶 多少の変人 ウン・ポコ・ローコ 、ピアノ弾き過去を呼び覚ます呪術家花を捧げ、太鼓を叩け、散る花びら 多少の変人 ウン・ポコ・ローコ 、悪魔のジャズ生贄の血、犠牲の山羊、踊れ!踊れ!ノスタルヂアが黒い聖者を呼び覚ますドラムよ続け、カンカン踊り 多少の変人 ウン・ポコ・ローコ、音の魔術師紅のお陽さま、海に沈むときまで、踊り続けろ! まっしろの月(ポオル・ヴェルレエン『ましろの月』永井荷風訳)まっしろの月ぼくの月は名月でもないがただ一つの月でただ一人のぼくで気づくと後ろから付いてくる。ああ、愛するものよと言う。底なき沼の水溜りここはネット世界 木霊する今日の月は美しい、とぼくの月と違う月なのか?その月は鏡のようにぼくを裏切るぼくの眼の前にあるのは他人の月ぼくの月はブラック・ホールに飲み込まれたああ、うつくしい夜と文字は刻む 暗渠の春(ボードレール『秋の歌』永井荷風訳)暗渠の春もののけはたちまち暗渠に閉じ込められてしまった。闇の中で空想するのは「春の小川」の歌声、恋人よ、歌ってくれるな。もののけは敷石のしたの暗渠の川に流され 轟轟音 ごうごうおとが響くのだが、誰も聴いてはしない。誰かが線香を投げ入れた。そんな光で成仏できるか!ジュッという音ともにたちまち暗闇。墓石の蓋は閉じられなんの刑罰の罪人なのか 首切り刺客きめつたい の一刀にもののけは首を切られ、消え去るのみか、鬼滅の刃の鬼 えじき となって暗渠に沈む首は濁流に巻き込まれて、首は転がり、転がって、首は 何処 いずこ にか、排水溝の外から夕陽が差し込み、夏を葬る秋の風、風に揺られてもののけの 此声さけび はさながら月に吠える遠吠えの如くに肢体は散らばり赤潮となりゆく。 意地悪爺さん(吉野弘「生命は」)意地悪爺さんそうして意地悪な爺さんは娘から席を譲ってもらえなかった。これが終点まで続くのだろうか?「降りますランプ」を点灯させろ!爺さんはそう想いながら立っていたやっと駅につく頃はふらふらでエスカレーター前でもたもたと娘は爺さんをひょいと小突くと爺さんは奈落へ転落して行った 夕陽の果てに(エメ・セゼール「帰郷ノート」)夕陽の果てにここが行き止まりと彼は悟った。持ち物は何もない。素手で受け取る天の施しや、砂まみれの足を洗う井戸の水が癒やしてくれた。彼は秩序の中のコガネムシが大嫌いだ。そこに植えられたオリーブの木も。彼が願ったのは悪鬼である彼さえ居場所のある住処であった。魔除けの風鈴は邪魔だ。彼の眠りを妨げるものだからだ。次々に彼の孤独を求めて同業者がやってくる。抹香臭い堕落坊主の俳諧師たち。彼は死体をついばむ烏を見るのだが烏はここには住めなかった。ぼくが常に待っていたのは大鴉と信天翁だ。そして自由に羽ばたけるようになるまで休める住まいだった。 修羅雪姫(ボードレール「踊る蛇」くぼたのぞみ訳)修羅雪姫二つに裂かれた快楽の舌は男と獲物を喜ばす あなたのために舌を這わせる白雪隠された毒牙は男の肩にしなでかかり寝首を伺う あなたのための毒牙はゆっくり修羅雪黒々とした髪は首にまとわりつきあなたの息を止める 鼻腔にクロロフォルムの白い布白い柔肌はどこまでも冷たく絡みつく 直に熱いキスがご褒美と首筋に毒牙の跡オン・ザ・ロックの氷を身体に這わせる あなたはすでに死者なのだからあたたの柔らかすぎる皮膚を噛む わたしの口からあふれ出る血あなたが感じる獲物としての諦念 捧げ物としては立派な態度あたたの虚空の瞳に白い蛇 わたしの口から温かい血 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #シン・現代詩レッスン #2024年9月 #今月の詩 16