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この浜辺でキミを待つ。【8日目】

 シロは海岸線を歩いていた。
 行きは二つだった足跡だが、帰りは一つだった。
 アクアのつけたクローラーの跡は、波と潮風ですっかり消えていた。
 アクアのボディを抱え、ショットガンを背負い、シロはただひたすら歩を進めた。

「どうすればいいんだろう」
 シロは目的を見失っていた。
 島に何かがあったらしいということ。
 地下室で眠っている人。突然変異したとしか思えない巨大なモンハナシャコ。そして、彼らがまとう不思議な結晶。
 新しく明かされた事実はあるのだが、その裏に隠されたものは杳として知れない。
 シロは自分が何者なのか。そして、どのような経緯でこの島で目覚めたのかもわかっていない。
 ただわかっているのは、アクアが沈黙したまま動かないということだ。

 空はどんよりと曇り、ときおり、ぽつぽつと雨が降ってはシロの頬を濡らす。
「アクアが濡れちゃう」
 シロはアクアをかばうように覆い被さる。
 しかし、アクアの錆かけたボディに雫が落ちた。
「えっ……」
 それは、雨ではなかった。
 とめどなく頬を伝う水滴は、涙だった。
「私、泣いてるの……?」
 シロは慌てて双眸を拭うものの、涙は次から次へと溢れ出す。シロの抑えきれない感情とともに。
 気付いた時には、彼女は声をあげて泣いていた。
 海岸にしゃがみ込み、雨が降る中、たった一人で。打ち寄せる波の音に負けないくらいの声で泣いた。
 寂しい。悲しい。苦しい。
 そんな感情を涙とともに吐き出す。くしゃくしゃになった顔を、潮風が優しく撫でていった。

 シロが再び歩き出したのは、夕刻が迫ってからであった。
 今日も太陽は出ていない。
 周囲が容赦なく暗くなる中、シロは足早に帰り道を往く。目指す先はコテージだ。
 目的があってコテージに戻るわけではない。ただ、自分が家だと決めた場所に戻れば、寂しさが少しでも紛れると思ったのだ。
 世界が夜で塗り潰される前に、シロはコテージに着いた。
 しかし、胸にぽっかりと空いた穴は埋まらない。アクアとの出会いを思い出し、寂しさは余計に募ってしまった。

「アクア……」
 呼びかけてみても、アクアは沈黙したままだ。
 コテージの中に入ると、出発した時と同じ風景がシロを迎えた。
 シロはリビングルームにアクアの骸を横たえる。すっかり破壊されてガラクタ同然になってしまったアクアの上に、そっと毛布をかけてやった。
「おやすみ、アクア。お疲れさま……」
 どれほどの間、島を掃除してくれていたのだろう。
 島の人は目覚める気配がなかったので、アクアはひとりでずっと島を守っていたに違いない。
 だから、アクアが役目を終えた今、労いの言葉がふさわしいと思ったのだ。そして、役目を終えたのだから、毛布にくるまって眠っていてもいいと思ってのことだった。
 シロはそれだけでは足りないと感じ、海岸で見つけたお気に入りの貝殻や石を持ってきた。
 横たわるアクアの周りに、シロは宝物を並べた。
「アクアにとってお掃除対象だったから、困っちゃうかな?」
 乱雑に置いたら、散らかしていると思われるかもしれない。
そう感じたシロは、丁寧に並べる。石は色や形を揃え、貝殻は同じ向きに揃えた。

「よし。これで大丈夫」
 横たわるアクアと、曼陀羅のように並べられた宝物。シロは満足げに頷き、そっと目を閉じた。
「どうか、アクアが幸せでありますように」
 ロボットは停止したらそれまでだ。
 しかし、シロはその先があるような気がしてならなかった。
 ロボットに魂というものが存在し、天の国があるのかもしれない。もしかしたら、停止している時は眠っているのと同じで、夢を見ているのかもしれない。
 そんな想像を巡らせている時は、シロは少しだけ安らげた。
 もう二度とアクアに会えないとしても、アクアにその先の道があるのならば良いと思ったし、幸福であるならば尚更、ココロが救われると思った。
停止したロボットにその先がある。
 その発想こそがシロの悲しみに満ちたココロを慰める妄想にしか過ぎないことも、薄々勘付いていた。
 それでも、シロは願わずにはいられなかった。
 合理的ではない思考。だが、その思考そのものには合理性がある。
 そんな複雑な感情に翻弄されつつ、シロはアクアの隣で横になった。
 今日は寝室でひとり眠ろうとは思えない。
 せめて夢の中で動いているアクアと会えるように願いながら、シロはそっと目を閉ざした。

機能停止まであと2日


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蒼月海里
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