この浜辺でキミを待つ。【2日目】
シロが目覚めると、すっかり日が昇っていた。
カーテンのすき間から射す朝日は眩しい。
シロはベッドからのそのそと這い出て、寝室をのろのろと後にした。
「わぁ……!」
リビングのハイサッシ越しに、朝の海がシロを迎えた。
青い海と空。白い波が白い砂浜へと穏やかに打ち寄せる。ハイサッシで大きく切り取った海の姿は、絵画のように美しかった。
シロは朝食を終え、コテージを飛び出す。
「おはよう!」
シロの挨拶に、ヤシの木がそよぐ音が応える。
コテージの裏手には、ヤシの木が並んだ通りが続いていた。
アスファルトはすっかりヒビだらけで、その隙間から植物の蔓が伸びていた。通りに面した芝生は伸び放題で、雑草もあちらこちらから顔を出していた。
その先に、どうやら建物がありそうだ。
シロはそのことを頭に留めながら、今日は海岸線を散歩することにした。
建物は逃げるわけではないので、探索は後回しでもいい。そして、そこに人間がいるのなら、きっと会えるはずという確信があった。
何故なら、目の前の海はこんなに美しいから。
誰かが海を見ようとやってくるはずだし、シロもまた、海から離れるのが名残惜しかった。
「それに、海岸に他のコテージがあるかもしれないし」
シロは自らに言いわけをしながら、砂浜をのんびり歩き出す。
サンダルで踏みしめるたびに、キュッキュッと愛らしい音がした。
カモメが頭上を飛び、ウミウが波に揺られて漂っている。
落ちている巻貝を拾おうとしたが、中にはすでにヤドカリがいて、つぶらな瞳で睨まれてしまった。
「失礼。ご在宅中でしたか」
シロはヤドカリを踏み潰さないように注意しながら、海岸を探索する。
海は生き物に溢れていた。しかし、人間の姿はなかった。
途中で何軒かのコテージを見つけたが、その中にも誰もいなかった。鍵がかかっているものもあれば、かかっていないものもあった。
「ちがう。壊れてるんだ、鍵が」
シロは鍵が潮風ですっかり劣化した結果、役立たずになっていることに気付いた。きっと、どのコテージも鍵がかかっていたのだろう。
「でも、私が使ってるコテージは開いてたよね。鍵がちゃんと開けてあったみたい」
なんでだろう、とシロは首を傾げる。
もともと開いていたのなら不用心だ。食料だって保管されていたのに。
「スイマセン」
「ひゃわぁぁ!」
不意に声をかけられ、シロは悲鳴をあげてしまった。
ようやく人に会えたのかと期待半分、いきなり声をかけられて驚き半分でシロは振り返る。
するとそこには、白いキューブ型の物体がいた。
背丈は子どもくらいか。太陽光パネルを搭載した自立型ロボットである。足は無限軌道(クローラー)になっていた。
「お掃除に来マシタ」
「お掃除ロボット?」
「私は『AQUA』と申しマス」
お掃除ロボットは、器用に駆動する二本の腕を愛想よく振りながら律義に名乗った。
「えっと、アクア」
「ハイ」
「このコテージは誰もいないみたい」
「お客さまのコテージではありませんデシタカ」
「うん。私のコテージはあっち」
シロが自分のコテージの方を指さすと、アクアの視覚を司るカメラがそちらを見やった。
「ありがとうございマス。それでは、お掃除に向かいマス」
アクアはクローラーを回しながらシロのコテージに向かおうとする。
だが、シロはそれを制止した。
「待って」
「ハイ」
アクアは律義に停止した。
「私、気付いたらこの島にいたの。ここがどんな場所か全然わからなくて。教えてくれる?」
「ココは、一一一年前に開業したリゾート地。気候が穏やかで自然が豊かな島で、海外からも人気を博しておりマス」
「やっぱりリゾート地だよね。天国みたいな場所だもん。島ってことは、周りは海かぁ」
「港はココから五キロメートル先にありマス。空港はありまセン」
「船で行き来してるんだね。あとで見に行こう」
シロはここに来てから船を一隻も見ていない。このビーチからでは、航路が死角になっているのだろうか。
「あれ、それは何?」
アクアが背負っているカゴの中に、太い木の枝が何本も入っていた。凹凸はあるものの、表皮はすっかり削り取られて滑らかになっていた。
「流木デス。海岸で拾い集めたものデス。お客サマが躓いて転ぶといけないノデ」
「ごつごつしてて、なんかカッコいい! もらっていい?」
「ドウゾ」
シロはアクアから流木を受け取る。眩い日差しのお陰ですっかり乾いており、シロが手にすると白い砂がぱらぱらと落ちた。
「リビングに置きたい。きっと素敵だから!」
「流木をインテリアにするヒトもイマスネ」
「海岸にはこんな素敵なものが落ちてるの?」
「素敵かはわかりかねマスガ、いろいろなモノが落ちてマス」
アクアのカゴの中には、砂浜で見つけたものがたくさん入っていた。
ふるぼけた浮き玉や木材の破片、錆びた看板のようなものもあるが、まん丸に磨かれた海色のガラス玉もあった。
「綺麗……! 宝石みたい!」
シロはガラス玉を手にする。表面はざらついているものの手ざわりは優しく、シロは一目見て気に入った。
「波で削られたガラスの破片デス。シーグラスと呼ばれてマス」
「海が研磨してくれたんだ。すごいね。海はこんなことができるんだ」
シロはシーグラスを大切そうにポケットにしまうと、決意を新たにした。
「よし。砂浜でお宝を見つけよう! アクア、手伝って!」
「私の役目は清掃デス。主にゴミ拾いしかシマセン」
「誰かにとってのゴミでも、私にとってはお宝だよ!」
シーグラスや流木を探したい。シロがそう伝えると、アクアなりに納得して従った。
美しい砂浜でのビーチコーミング。
シロはすっかり夢中になり、「お宝」をたくさん手に入れて満足する頃には、日はすっかり傾いて西の空へと沈もうとしていたのであった。
機能停止まであと8日
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