この浜辺でキミを待つ。【7日目】
町の片づけをしていたら、いつの間にか夜になっていた。
没頭しすぎていたらしい。シロは懐中電灯を手にして、すっかり綺麗になった大通りを見渡す。「これでよし、と」
「お陰サマで町はキレイになりマシタ。ご協力感謝しマス」
アクアは器用に頭部を下げる。電子的な声も心なしか嬉しそうだ。そんな様子を見ると、シロもまたココロの中が温かくなる。
「戻ろうか。すっかり遅くなっちゃったし」
「今日もホテルに行くのデスカ?」
「うん。ここからコテージは遠いし」
「アノ場所はお掃除のし甲斐がありマス」
「アクアは私が寝ている間もお掃除してくれてるもんね」
廃墟のようだったホテルは、この二日間でかなり片付いていた。廊下の埃もほとんどなくなり、埃をめいっぱい吸い込んだシーツはリネン室に運ばれていた。もっとも、水道が止まっているのでシーツを洗うこともできないのだが。
シロは歩き出そうとするが、がくんと力が抜けてしまった。
「どうしマシタ?」
「え? あ、お腹が空いたのかも。そう言えば、今日はご飯食べてないや」
シロは恥ずかしそうに笑った。空腹のせいか、力がほとんど入らない。ホテルについて落ち着いたら、何か食べなくては。
シロはアクアとともに、町を後にしようとする。
分厚い雲の切れ間から、月明かりがほんのりと射した。
一人と一機の影がひび割れたアスファルトに映る。そして、大きな影も――。
「生命反応感知」
アクアがハッとすると同時に、とてつもない力が振り下ろされる。それはアスファルトにめり込み、瓦礫を飛び散らし、アクアをも巻き込んだ。
「アクア!」
シロは悲鳴をあげる。
突然の敵襲。
アクアのボディはひしゃげ、ガラクタのように転がる。シロはアクアをかばうように立ちはだかり、犯人を見据えた。
月光を背に受けて立ちはだかるのは、巨大な怪物であった。シロのコテージにおさまるかおさまらないかという巨体は不気味なほど鮮やかなグリーンの甲殻を背負い、海と同じ色の顔から飛び出た複眼をぎょろぎょろさせていた。
その背中からは、巨大な結晶の群れが飛び出している。結晶は月明かりを受けてギラギラと虹色に輝いていた。その姿は異様なほど色鮮やかで、シロは圧倒される。
目の前の生物は知っている。モンハナシャコというシャコの一種だ。
だが、本来はこんなに大きな生物でないはずだし、結晶を背負っているという話も聞いたことがない。
結晶は、シロが店の地下室で見た人間に生えていたものと同じだ。群晶はモンハナシャコの背中を覆っているが、内部から生えて殻を突き破っているように見える。
「どうして……」
なぜ、こんなに巨大なモンハナシャコがいるのか。
なぜ、生物の身体が結晶で覆われているのか。
疑問は尽きない。しかし、確実なことがある。
「このままだと、危ない……」
ヒュッとモンハナシャコが捕脚を繰り出した。目に捕らえることができない高速のジャブが繰り出された瞬間、衝撃がシロを襲った。
「ああっ!」
音速の打撃による衝撃波。シロの身体はアクアとともにふっ飛ばされ、アスファルトの上に転がる。
港町を壊した犯人はこの相手だ。シロは悟り、ショットガンを構える。
だが、間髪を入れずに次の打撃が繰り出された。
衝撃波がシロを襲い、細身の身体が吹っ飛ばされる。瓦礫とともに転がるシロのもとに、モンハナシャコは複数の歩脚を動かしながら迫った。
モンハナシャコの動きは、もがいているようにも見えた。複眼から窺えるのは、苦悶の表情のように思えた。
どうしてそんなに苦しむのか。
殻を突き破って生えている結晶が毒々しいほどに輝いている。それは生命を蹂躙しているような光で、モンハナシャコはこの不気味な結晶に侵食されているように見えた。
シロのココロに憐憫の情が過ぎる。
苦しみを終わらせてやりたい、とすら思う。
しかし、そんなことができるというのだろうか。建物をも易々と破壊する、この化け物相手に。
シロは距離を取ろうとするものの、頭がくらくらして身体に力が入らない。吹っ飛ばされた衝撃のせいだろう。
圧倒的な力の差。そして、体格差。状況は絶望的だ。
しかし、モンハナシャコの動きが止まった。何かに躓いたようだった。
「イ、異物発見……お掃除……シマス……」
「アクア!」
ひしゃげて転がっていたアクアが、いつの間にかモンハナシャコの歩脚にしがみついていたのだ。クローラーは配線一本で繋がっているだけで、腕も片腕だけになっているというのに。
「アクア……」
シロの中で何かが燃え上がる。それはシロに力を与え、這いつくばっていたその身を起こさせた。
ショットガンの銃口をモンハナシャコに向ける。とっさに照準を合わせると、何のためらいもなく引き金を引いた。
ダン、と廃墟の港町に銃声が響く。
モンハナシャコの捕脚が砕け、薬莢が転がった。
敵が怯んだ隙に、シロは続けざまに発砲する。散弾はモンハナシャコの装甲を破壊し、ぎらついた結晶すらも砕く。
怪物の目から命の光が失われ、不思議なことに結晶からも輝きが消え去り、石ころのようになってボロボロと崩れ落ちた。
銃声がやみ、怪物が倒れ、静寂が訪れる。
「アクア!」
シロは後に残されたアクアに駆け寄る。
破壊され尽くされたアクアのボディをそっと抱いてやるが、アクアは動きもせず喋りもせず、彼が集めていたガラクタのように沈黙していた。
機能停止まであと3日