この浜辺でキミを待つ。【6日目】
元のコテージに戻るのはひと手間ということで、シロはアクアとともに港のホテルに泊まった。
ホテルから出ると、今日も曇り空がシロを迎えた。
「ここが第二の家みたいになってるね」
「別荘というものデスネ」
「別荘! それ、いいね!」
シロは目を輝かせる。
そろそろ太陽が恋しくなっていたが、天候はどうにもならない。雲の切れ間から日光が差さないかと期待しながら空を見上げつつ、シロは港町へと戻った。
昨日、大通りや幾つかの店の中を片付けたので、探索はしやすくなっているはずだ。
そう思ってやってきたシロとアクアだったが、思い描いていた様子とは全く違っていた。
「なんで……?」
「どうしてデショウ」
シロは愕然とし、アクアは小首を傾げる。
大通りは瓦礫が散乱し、一部は歩くことすらままならない状態だ。店も二、三軒が大破しており、壁に大穴をあけて傾いていた。
何かが足元に転がっているのにシロは気付く。
「昨日読んだ手帳だ……」
インクが褪せた手記だ。よく見れば、大破しているうちの一つは、その手帳があった店だった。
「コレはお掃除のし甲斐がありマスネ」
アクアはそう言って、キコキコとクローラーを鳴らしながら瓦礫を片付け始めた。
自らの仕事に没頭するアクアをそっとしておき、シロは辺りを探索する。
「なにがあったんだろう。夜に嵐でもあったのかな。でも、雨風で崩れたんじゃなさそう」
何か大きくて硬いものをぶつけたような壊れ方だ。自然ではなく、何らかの意図を感じる。
それならば、何者の仕業なのか。
どうして町を破壊したのか。
「わかんないな……」
シロの声に滲むのは恐怖という感情。もし、自分とアクアがその場にいたら、ここに瓦礫とともに転がっていたかもしれないと想像したのだ。
「でも、ここには何かいる」
町を蹂躙した何者かが潜んでいる。それは確実だ。
友好的な人たちならば、色んなことを聞きたかったし、友だちになりたかった。
だが、シロやアクアのことを目の前の家のように破壊しようという者がいるのならば――。
「自衛しなきゃ」
シロの中に使命感が生まれる。
とっさにアクアの方を見やるが、アクアに搭載されているのはお掃除機能と簡単なAIくらいだろう。きっと、戦いには向かない。
武器はないだろうか。
お掃除はアクアに任せ、自分は大通りに並ぶ建物の中を物色して武器を探す。
しかし、見つかるのは観光客向けの商品ばかりだ。それも、すっかり砂や泥をかぶっている。
「オヤ」
アクアが声をあげたので、シロもそちらを見やる。
アクアは、手帳があった店の中にいた。
「どうしたの?」
「ここに地下室への入り口がありマス。私は急な段差に弱いノデ、お掃除はできマセン」
アクアはそう言って、方向転換して別の場所を片付けに行った。
残されたシロは、地下室の入り口をそっと開ける。
埃がぶわっと舞い、かび臭さがシロの鼻を衝いた。
「うう……」
思わず顔をしかめるものの、シロは怯まずに地下室に続く階段へと足を踏み出す。長年使われていないのか、空気が淀んでいた。
シロのコテージには食料などの備蓄があった。ここにも何かあるかもしれない。
そんな予感はぴったりと当たった。薄暗い地下室には、水と食料と武器があった。
「ショットガンだ……」
シロは壁に掛けてあったショットガンを手にする。ずっしりと重く、添えた手に緊張が走る。
よく見れば、地下室には簡単な家具が揃っていた。倉庫というよりは、地下シェルターのようだ。
「あっ……」
奥にベッドがあるのに気づく。
そこには、誰かが眠っていた。
「おじいちゃん?」
老人のようだった。仰向けになり、しわくちゃになった手を胸に添えて片目をつぶっている。
「なんだろう……これ……」
もう片方の目は、結晶に覆われていた。
その結晶は群晶となってその人物の顔半分を覆い、開けっ放しの扉から漏れる僅かな光を反射してぼんやりと虹色に輝いている。
「眠っているのかな」
微動だにしない相手に声をかけるのも憚られ、シロはそっと後退する。
地下室の中には、ショットガン以外にも武器がある。眠っている人物の分もあることを確認してから、シロは室内にあった紙にメッセージを書き残した。
「ショットガン、お借りします……と」
島の安全を確認したら返しにこよう、とシロは決意する。
その時に老人が目を覚ましていたら、島で何があったのかを聞きたい。きっと、島から避難し損ねた人だから。
「おじゃましました」
シロは地下室から出ると、遠慮がちにそう言って扉を閉める。
店を後にすると、いきなりポケットの中からノイズ音が響いた。
「ひえっ!」
シロは驚きつつも、ポケットに入れっぱなしになっていた無線機の存在を思い出した。
ノイズに混じって、誰かの声が聞こえる気がする。しかし、通信があまりにも遠くて、何を言っているか判別できなかった。
機能停止まであと4日