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この浜辺でキミを待つ。【11日目】
燦々と降り注ぐ太陽の光が、シロの視界を照らした。
「うう……」
「目が覚めたか。再起動できてよかったよ」
聞き覚えがある低い女性の声が聞こえる。シロのすぐそばには、白衣をまとった壮年の女性が座っていた。
「わ、私、死んじゃったはずじゃあ……!」
シロが飛び起きると、女性は苦笑した。
「そんな大げさなものじゃない。燃料不足でスリープ状態になっただけだ。燃料を詰めて再起動したし、腕も繋いでおいたぞ」
女性に言われ、シロは右腕を見た。ひしゃげた痕は残っているものの、腕はしっかり繋がっていて、動作と感触に何の問題もない。
「オハヨウゴザイマス」
キコキコとクローラーの音が聞こえ、シロは目と耳を疑った。
女性の背後から、アクアがひょっこりと顔を出したではないか。
アクアもまた負傷の痕跡があるものの、両腕を器用に動かしてシロが見つけた二枚貝をひょいと拾う。
「アクア、よかった!」
シロはアクアをギュッと抱きしめる。
「視界を塞がないでクダサイ。仕事ができまセン」と言われてしまうが、そんなことは気にしない。
「もしかして、あなたは……」
ひとしきり再会を喜ぶと、シロはアクアを砂浜に下ろしながら女性を見やる。女性は静かに頷いた。
「ああ、私は君を作った者だ。基礎情報を君のメモリーに入れておいたはずだったんだが、初期化されてしまったようだね」
どうやら、彼女が『ハカセ』らしい。
「私の基礎情報……? 何も覚えてなくて……」
「私の確認不足によって不具合が発生してしまったらしいな。だがまあ、この島のモニタリングは飛ばしてくれたし、最低限の働きはしてくれた。まずは礼を」
ハカセは一方的にそう言って、シロに右手を差し伸べる。シロが恐る恐る右手を出すと、ハカセはぎゅっと握った。
柔らかく、暖かい感触だった。生身の人間の証だ。
「データを上書きすることで情報をくれてやることはできるが、この十日間で形成したパーソナリティーを壊すのは勿体ないからな。ひとまず、人間にするように説明しようか。この方法は不正確で曖昧だが、乱暴ではない」
「どういうこと……?」
「君の人格と気持ちを尊重したいというわけさ」
ハカセはそう言って、近くにあった大きな流木に腰掛けた。ベンチほどの大きさのそれに、シロもまた腰掛ける。アクアは流木をゴミだと思ったのか引きずって行こうとしたが、重すぎて叶わなかった。
「さて、質問はあるかな?」
ハカセはシロに問う。シロは質問がたくさんあったが、一番先に聞いておきたいことを述べた。
「私は何者なの? 人間かと思ってたけど、……そうじゃなかったみたいで」
「君はアンドロイドだ」
ハカセはずばりそう言った。シロは自らの正体を察していたが、改めて聞かされると衝撃的であった。
「正確には、復興支援型ヒューマノイドロボットのプロトタイプ。この汚染された島の状況をモニタリングしつつ、島の再興を目指すのが役目だ」
「汚染された……島。何に汚染されているの?」
「次元干渉鉱石。強大な力を持ち、それがゆえに人体にとって有毒になる。放射性物質に似たような代物だろう。そいつを多く含有する巨大隕石が降ってきたせいで、この星の多くの生物が死に、文明が破壊されて世界が終わった。粉々になった隕石は塵となって大気中を漂い、生態系を歪めて世界のあちらこちらを結晶で覆ったんだ」
「もしかして、あの結晶……!」
シロはハッとする。巨大化したモンハナシャコや逃げ損ねた住民を覆っていた結晶が、その鉱石なのだろう。
「この地域も汚染地域だった。しかし、かつてリゾート地になったくらい自然が豊かで水産資源も豊富な場所だ。汚染が和らいでいたら、復興する価値があるだろうと言われていてね」
その汚染状況をモニタリングするのがシロの役目であった。
シロはそのことを忘れていたが、彼女が好奇心によって探索をしたため、その役割は果たせたという。シロは気付いていなかったが、彼女の観察した場所の汚染濃度を自動計測し、ハカセに送っていたそうだ。
「そうだったんだ……。ハカセ以外のヒトは、島の外に?」
「ああ。この災厄を生き残った人類はあちらこちらに集まっている。私が所属しているコミュニティは、破壊された文明を再生し、再び文化を育めるようにしようとしているんだ。もう二度と、この星を『ロスト・エリュシオン』なんて呼ばせないようにね」
「失われた楽園……」
港町の様子を見ればわかる。
かつては文明のもとで文化的な生活をしており、幸福な人々で賑わっていたことだろう。
それが、隕石によって突然失われてしまったのだ。失われた楽園という名称も、その絶望感からつけられたのだろう。
「この島は、元通りになるの?」
壊れたシロやアクアが戻ったように。
どんなに破壊の痕跡があっても、再び歩めるようになって欲しいとシロは感じた。
「それは、我々次第だ。そして、君の働き次第でもある」
「私の?」
「そう。君の第二の目的は放棄された土地の復興だからね。アンドロイドである君は、生物に反応する次元干渉鉱石の侵食を受けない。つまり、危険な場所でも作業ができる頼もしい味方ということさ」
「危険な場所は、まだあるの?」
「港町はまだ汚染度が高い。君も見たはずだ。侵食された者たちを」
シロは、眠ったままの人とモンハナシャコを思い出す。
「……結晶が生えている人が地下で眠ってたけど、助けた方がいいよね」
シロの言葉に、ハカセは心を痛めるように目を伏せた。
「残念だが、その人間はもう亡くなっているだろう。次元干渉鉱石は生物と同化して成長する。侵食を受けた者は、脳や神経を乗っ取られて暴走し、その後は生命活動を維持できなくなって永遠の眠りにつく……」
つまり、死ぬということか。眠ったままの人物は、永眠していたのだ。
モンハナシャコもまた、侵食の被害者だったのだろう。無差別に攻撃していたのは、苦しみに悶えていたからだったのだ。
「侵食されている生き物と、そうでない生き物がいるけど……」
シロは、コテージの周りにいる海の生き物のことを思い出す。
「生息域や食性が関係しているのかもしれないな。その辺りも、用心深く研究しよう」
どうやら、ハカセにもわからないことがあるらしい。
「ハカセは……この後もこの島にいるの?」
シロの問いに、ハカセは頷いた。
「ああ。現地でなくてはわからないことがたくさんあるしね。危険な場所は君に赴いてもらうことになるが、拠点では一緒に過ごすことになる」
「よかった!」
シロの口から素直な感想が漏れる。ハカセはほんのりと微笑んだ。
「食料、いっぱい見つけたの! ハカセにもあげる!」
「いや、私は……遠慮しておくよ」
苦笑するハカセに、シロは首を傾げる。
「どうして?」
「この島が放棄されてから長い年月が経っている。君の見つけたものは消費期限切れさ」
「た、食べられたもん!」
シロは躍起になって答えたものの、ハッとする。そもそも、自分はアンドロイドではないか、と。
「食べるというか、燃焼だな」
ハカセ曰く、シロの燃料補給は簡単なのだという。体内の内燃機関に可燃物を投入すれば、それを燃焼させた熱で動くのだ。シロは自分が人間だと思っていたので人間の食料を投入していたが、燃えるものならば何でもいいらしい。
「そうなんだ……。でも、机とか椅子は食べたくないなぁ……」
シロは、自分が食べ物ではないものを食べているところを想像してウンザリした。
「あまり硬いものは燃焼効率も悪いし、今まで通りでいいだろう。君が食べたと思しき食料は消費期限切れのものばかりだったが、こうしてピンピンしている。我々が食べられないものが食べられるのは強い」
ハカセはうんうんと頷いたかと思うと、改めてシロに向き直った。
「君はすっかり人間らしい生活をしていたようだからな。人間扱いした方がコミュニケーションはスムーズだろう」
ハカセはそう前置きをして言った。
「我々に力を貸してくれないか。この島を――楽園を取り戻すために」
「はい、喜んで!」
シロは背筋をピンと伸ばして元気よく答えた。シロの隣で、アクアが「ヨロコンデ」と復唱する。
ハカセは柔らかい笑みをこぼす。
「そうか。ありがとう」
「この島、とても良い場所だから。怖いこともあったけど、私はこの島が好き。みんなにも広めて、好きになってほしい」
それはシロの素直な気持ちだった。それを聞いたハカセは力強く頷くと、流木から腰を上げた。
「よし。それならばまず、この場所を拠点にして他の仲間も呼べるように、他のコテージも環境を整えよう。この海岸の汚染はほとんど見られない。ここならば、我々のような生身の人間でも問題なく過ごせるはずだ」
「りょーかい!」
「了解しまシタ」
ハカセ以外のメンバーを迎え入れるため、彼らが生活できるようにすることが最優先だ。
そこから、復興の第一歩が始まるのだから。
これから忙しくなりそうだ。
しかし、シロはとても充実した気持ちであった。
自分のことを知り、世界のことを知り、新しい友だちを得て、ココロがとても満たされていた。
宝物を探していたシロは、これから宝物を作り出す。
失われた楽園を、新たな楽園にすることによって。
了
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