この浜辺でキミを待つ。【9日目】
翌日は快晴だった。
雲一つない青空で、開けた窓から入り込む潮風は爽やかであった。
日差しが射し込む中、アクアの骸は横たわったままだった。毛布を掛けられ、宝物を周りに置かれたままだ。
「これから、どうしようかな」
今までは、アクアとなんとなく目的を決めていた。しかし、今はそれすらできない。
アクアと出会う前はどうしていただろうか。
ひとりだった頃が、ひどく遠く感じられた。
「この島に住んでいる人、探してみようかな。でも、みんな眠っているかも……」
結晶に覆われていた人のように、地下で眠っているかもしれない。そしたら、眠りを妨げるのは無粋だ。
それならば、港町で見つけた手記のような記録を探すべきか。いい情報が見つかれば、少なくとも島の状況がわかるはずだ。
「でも、島の状況がわかった後はどうするんだろう……」
先々のことを考えると、疑問と不安が湧いてくる。
島の状況がわかれば、自分がやるべきことも見えてくるかもしれない。だが、港町まで行っても何の目的も見えてこなかったことを考えると、盲目的に前進しても意味がないかもしれない。
それに、モンハナシャコのような巨大生物もいた。似たような突然変異体が他にいないという保証はない。
モンハナシャコとの戦いは、アクアが身を挺して助けてくれたから勝利を収めることができた。
次に似たような状況になって、生き延びられる保証はない。
では、どうしたらいいのか。
コテージの周りには荒らされた形跡はないし、安全だろう。ここにいれば、危険生物と交戦する必要はなさそうだ。
だが、コテージにずっといたとして、事態が進展するだろうか。そもそも、いつまでコテージにいればいいのだろうか。
「わかんないな……」
シロは頭の中は、思考が堂々巡りになっていた。
時間だけが悪戯に過ぎ、太陽が昇っていく。どんなに時間が過ぎても、結論は出なかった。
「……行こう」
太陽が頂点に昇った頃に、シロは決意した。
自分が迷っているのは、判断材料が乏しいからだ。
だから、もっと色々なことを知ろう。
「アクア。私、また行ってくるね」
シロはアクアの骸に語りかけ、旅立ちの準備をしようとする。
その時だった。ポケットに入れっぱなしだった無線機から、ノイズが聞こえたのは。
「……い、おい……聞こえるか……?」
ひどいノイズに混じって、人の声が聞こえる。女性のようで、こちらに必死に語りかけているようだった。
シロは慌てて無線機を手に取る。
「は、はい! 聞こえます!」
「……うか……。よかった……」
声の主は安心したようだった。
途切れ途切れではあるが、通信状況が悪くて連絡ができなかったこと。そして、ずっとシロとコンタクトを取りたかったという旨は聞き取れた。
その声に、シロは不思議な感情が湧いてくるのを自覚した。
それは、懐かしさだ。
安堵が波のように押し寄せ、ぽっかりと空いていた穴に注ぎ込まれる。ココロが満たされるのを感じ、シロの頬に涙が伝った。
「あれ……?」
「どう……した? ……大丈夫……?」
声の主は心配そうに問いかける。シロは慌てて、大丈夫だと伝えた。
シロはそっと涙を拭う。涙が出るのは悲しい時だけだと思ったが、そうではなかったらしい。
「すま……ない。……今……そちらに……向か……」
「えっ、こっちに来るの?」
「到着はたぶん……明後日……」
通信は、そこで途切れた。また通信状況が悪化してしまったのだろう。
それでも、シロの胸に不安はなかった。先ほどとは全く違う感情がココロを支配しているのに気づく。
「明後日に、誰かがくる……!」
それも、シロのことを知っている相手だ。
シロは、相手が誰なのかよくわかっていなかった。しかし、声を聞いたのは初めてではないという確信があった。
シロはこの海辺に来てからの記憶しかないが、声の主はその前のことを知っているのだろう。シロにとって、大事な情報を持っているはずだ。
「歓迎しないと。ね、アクア」
シロはアクアの骸にそう語りかけると、腕まくりをする。
コテージとその周りを掃除して、声の主を迎えよう。
アクアが見せてくれたように、落ちているものを拾って一カ所に集めよう。
港町のお土産屋さんにあったみたいに、小瓶の中に詰めてもいいかもしれない。
「どんな人が来るんだろう」
シロは期待に胸を躍らせながら、さっそくコテージの中を片づけ始めた。
機能停止まであと1日