この浜辺でキミを待つ。【5日目】
翌朝も、空はどんよりと曇っていた。
雨は止んでいたので、シロはホテルから飛び出した。
「誰もいなかったね」
「生命反応ゼロ、デスネ」
シロの言葉に、アクアもまた頷く。
ホテルには、あらゆるものが揃っていた。
頑張って探せば埃をかぶっていないベッドもあったし、柔らかさを失っていない毛布もあった。倉庫には保存食もあったし、懐中電灯もあった。シロはホテルにあった非常用持ち出し袋にそれらを詰め、その場を後にする。
ホテルの中には誰もいない。電気も通っていない。廃墟だった。 この港町に誰はいないのかもしれない。
シロのココロにもまた、暗雲が立ち込める。
そもそも、自分はこの島で一度も人間を見ていない。島に人間がいない可能性もある。
「ううん。他の場所にもいるのかも」
シロはぷるぷると首を横に振った。まだ、島の全てを見たわけではない。
今にも雨が降りそうな空模様の中、シロはアクアとともに港町へと向かう。
ホテルからすぐのところに大通りがあり、ずらりと商店が並んでいた。商店だと思ったのは、それらが全て看板を掲げていたからだ。
ただし、かつて色鮮やかであっただろうその看板は、すっかり色あせていたり傾いたりしているが。
大通りにも、人一人いない。砂にまみれたチラシのようなものが落ちていたので、アクアがゴミとして回収した。
「誰もいないね。アクア、生命反応はある?」
「ありまセン」
アクアは視覚を司るカメラできょろきょろと見回すと、きっぱりと言った。
「どこかに隠れているのかも。探してみるね」
「それデハ、ワタシはゴミを探しマス」
アクアはキコキコとクローラーを回しながら、どこかへ行ってしまった。
このまま、アクアもいなくなってしまうのではないか。そんな不安に駆られる。
だが、アクアの足跡は独特だ。辿っていけば、必ず会えるはず。
そう判断したシロは、人間を探すことにした。
「すいませーん。誰かいませんかー?」
シロはしんと静まり返った商店の列に呼びかける。しかし、返答はない。
「どうしよう……」
シロは困惑していた。ずっと、人間がいるものだと思って安心していたのに、その安心感が急速に揺らいでいく。
でも、どうして安心していたのかとシロは自らに問う。
「誰かが、答えを持っていると思ったから?」
シロは何者なのか。どこから来たのか。何をすればいいのか。誰かが教えてくれると思ったのだとシロは気付く。
シロは、自分の正体と目的がわからないから不安なのだ。アクアはお掃除をするという明確な目的があるというのに。
「目的は、自分で見つけるしかない……」
誰もいないわけではない。シロがいる。
シロが自分自身に目的を与えればいいのだ。
「うーん。まずはアクアのお手伝いかな……」
自分も掃除をしよう。シーグラスのような素敵なものを見つけたいし、人間だって見つけたい。
掃除をしているうちに、廃墟や瓦礫の下から人間がひょっこりと顔を出すかもしれなかった。
大通りには、どこからか転がってきた空き瓶や空き缶、風に乗って運ばれたと思しき紙類が落ちている。無人の店のいくつかは窓ガラスが割れていて、屋内ではあらゆるものが散乱していた。
シロは、そんな開けっ放しの出入り口から入り込み、倒れた棚を元通りにして、床に散らばる商品を丁寧に陳列し直していった。
シロが入ったのは土産物店のようであった。貝殻を詰めた瓶がいくつも落ちていて、どれにもご丁寧にラベルが貼られているが、いずれも文字が掠れて読めなかった。
「綺麗だなぁ」
ほんのりと桃色の貝殻、巻き貝など、シロにとって心惹かれるものが多かったが、これは売り物だ。お金がないし店主もいないので、持って帰るわけにはいかない。
「あれ?」
散らばった商品の中に、手帳のようなものが混ざっていた。生活用品と思しきものもあちらこちらに転がっているので、その一種だろう。
シロは何気なく手帳の中身を覗いてみる。インクが色あせていて、文字がほとんど読めなかったが、辛うじてわかる箇所もあった。
「災厄の流星、島の大部分が汚染……天国が地獄に……。避難しようにも、もう手遅れ……?」
不吉な単語の羅列に、シロの気持ちがざわつく。
この島に何か異変が起こり、人々は逃げたというのだろうか。だが、手遅れだという人もいて、その人たちは島に残ったのだろうか。
「なにに汚染されたんだろう。わかんないな」
手帳のどこを見ても、それらしき文章は見当たらない。筆者が書きそびれたのか、それとも、年月がインクを色褪せさせてしまったのか。
少なくとも、シロに異変は見られない。一時は何らかに汚染されたものの、その物質が消え去ったのではないだろうか。
「もしかしたら、島に留まっている人がいるかも」
避難し損ねた人がいるのならば、見つけ出したい。
シロは新たな目標を胸に、店を片付け続けたのであった。
機能停止まであと5日