見出し画像

疑う脳

疑う。ダウト。

2021年に医学系世界最高峰、ジョンズ・ホプキンズ大学の研究チームが「疑い」についての研究を発表した。

この論文では、意思決定時に「疑い」が生じた際、脳の両側IPL(inferior parietal lobule)が活動することが紹介されています。

青々としたみかんを渡され「甘いよ!」と言われたら、IPLがきっと活動することでしょう。

IPLは、Angular Gyrus(AG)とSupramarginal Gyrus(SG)という脳部位をさしていて、かなり高等で、創造的な脳にも活用されるところでもあります。

AGは、様々な脳部位からの情報を統合しているような部位として知られており、様々な感覚や感情の情報なんかを、言語化したり、符号化したりする際にも大いに活用されると言われています。

他にも、幽体離脱感を覚える時に、このAGが活用されることなどが知られており、もう一人の自分が自分を見ているような俯瞰的な視点を付与してくれる脳機能を有しているとも考えられています。

一方のSGも高等な情報処理をしていて、全身からの感覚情報から、今自分の身体がどこにあるのか、そのような空間における身体感覚などを司っています。そして、それは自分の身体感覚だけでなく、他者の姿勢やジェスチャーという身体位置にも反応するため、ミラーニューロンシステムの一部としても知られています。そしてとりわけ右側のSGは、相手の心理状態などを推し量る時にも活用され、共感時に強く反応することなどが知られている。

すなわち、疑ってる時の脳の使われ方は、かなり色々な情報を脳が詮索し、統合し、処理しようとしている訳ですから、高等な処理をしていることが本研究によっても確かめられた訳です。

そんな研究と、今までの体験や知識から、自分なりに疑う際の注意点をまとめました。以下はあくまで、個人的な整理です。

1 疑う対象を意識する

疑うことは大切な脳機能ですが、脳が知らず知らずに疑いたくもないことを疑ってしまうことも多そうです。事実を疑うのか、人を疑うのか、話は別です。提示された事実や現象を疑い、思慮したいのに、相手を疑っちゃってたということは結構ありそうと感じます。

青々としたみかんを「甘いよ!」という人がいたら、「えー、この人嘘ついてない?」と疑うことが多いように感じます。もちろん、それも大切な脳機能です。「彼はこれまでもいろんな悪戯をしてきた。嘘が上手だ。顔がなんだか、善意というより、にやついて悪巧みしてそうだ。」そんな推理を働かせる。探偵などの人物観察にも通じるでしょう。人間観察に基づくダウトです。

一方で、青々としたみかんが甘いという事実が提示され、それに対して疑うことは人を疑うこととは違います。「およよ、青いみかんが甘い?どういうことだ?なんでだ?本当か?」「新しい品種か?」「そうか、青いリンゴもあるな、甘かったな」「そもそも、青っぽいのが全般酸っぱそうなのには意味があるのかな。青というより緑な気もするけど。なんで青だ」と、青々としたみかんから、色々と事実を疑い思考を広げたり深めたりもできますね。突きつけられた事実に基づくダウトです。

どっちも大事。でも、知らず知らずに相手の間違いとか、矛盾とかを立証するための、脳モードになっていて、事実の深掘りや探究が蔑ろにもなっちゃうこともあるかも知れないので、少なくともこの2つの疑いポイントは分けて考えて、どっちも考えてもいいのかも知れないなと考えています。


2 目の前の現象だけに囚われない

疑う際に、目の前にいる人、起こった現象や事実。当然、我々の脳は簡単にそこに注意を向けます。誰でも向けられます。ですから、それだけに注意を向けるのではなく、見えないところにも視野を広げる必要があると感じています。とりわけ、人間の脳は、無意識に考える時間軸が±1日のこと。時間軸的に、近視眼的になりやすい。

何か事態が起こった時に、目の前の現象という点で物事を捉えやすい。学校で、A君がB君を殴ってしまった。点で捉えると、その事態を知った先生は、当然A君を叱りつけ、B君に謝るように促すことが一般的でしょう。表層の点の課題に対して、点で課題解決しても多くの場合は機能しません。むしろ、この場合、A君はますます悪行に走る可能性だって高いと言えるでしょう。

実は、A君は普段から、B君からいろんなちょっかいを出されていた。けどA君は、面倒になるのが嫌で、耐えられなくもなく、うまくかわしてきていた。しかし先月、大好きな母親を亡くし、心身が不安定。それでもなんとか頑張って学校に行く。当然、勉強にも身が入らず、事情を知らない先生たちにも度々注意を受ける。

そんな中、いつものようにB君は軽くちょっかい出したつもり。しかし、A君はいつもと同じ状態ではない。だから、手が出てしまった。その手が出たという点だけで処理し、A君に罰を与えることは、さらなるストレスにより、A君の行動が悪い方向にいくことは、脳の観点から間違いなくいえる。

その時、A君に必要なことは、諸々の心理的危険状態を、和らいでいくこと、そうすることで、A君だってわかっているいけないこと、やってはいけないことをセーブできる脳になる。もちろん、これはあくまで例で、正解ではないですが、脳は点で目の前の事象に囚われやすい、だからこそ、問いや課題を解く際には、その背景にまで、どれだけ思いを馳せることができるか、想像できるのか、その情報を脳に引き出せるのか、それによって、疑いの精度が増すことで、ソリューション、解への道筋が多様化し、解へ向かう確率を高めてくれるのではないか、そんなふうに思うのです。

青々としたみかんを提示され、「なぜこの人は、そんなことを言ってくるのだろう?」その背景の探究もできますし、「青々としたみかんが収穫されたという事実、なぜだろう」とそのプロセスに思いを馳せることで、思考の幅は広がるのではと思うのです。

そう、時間軸を広げて考えることが、疑う上で重要ということです。目の前の結果だけでなく、そのプロセス。そして、未来にも視野をどれだけ広げて物事を捉えられるのか、そこが疑うという脳機能をフル活用する上で重要になりそうということです。


3 疑うを楽しむ

疑う時には、大抵、脳にとっての不確かさのアラート警報が鳴らされています。不確かさは、ストレス状態を導き、警戒的なりやすい。そして、そのストレスが高まれば高まるほど、近視眼的になり、感情的になり、怒りを爆発されることだってある。

脳の機能から見て、疑う状態がやっているときは、ネガティブな気分になりやすいということです。

未知や不確かさは、生命の危機にもなりうる時代が長くありましたから、ストレス反応し、警戒することは大事な脳機能です。それが生存確率を高めてきたでしょう。

しかし、太古昔に比べると、常に死と隣り合わせという状況は極端に減ったでしょう。そして、今の技術革新、情報社会は、どんどん新しいもの、情報、新しい人に出会う確率を高めています。そのたびに、疑い、ストレス反応し、警戒していて、脳はくたびれてしまいます。

世の中、そうやって脳がくたびれていっている人が多くなっているようにも感じます。便利になっているはずが、むしろ、この技術革新、情報社会が、人の脳にストレスを多く生み出しているともいえます。ある意味、自然な反応です。

ところが、我々はその未知や不確かさに対して、ポジティブな反応を引き出せる脳機能も有しています。好奇心などは、未知や不確かさへ脳が向かわせる典型的なポジティブな脳反応です。

「おっ、知らんものがやってきた、なんだろう、なぜだろう、どうなってるんだろう。どういうプロセスでそうなったんだろう。」(ワクワク)そうやって、未知や不確かさをウェルカムできる脳を持ってして、疑うことができると、このワクワクに伴うドーパミン性も相まって、ますます探究、学習が進められることと思うのです。

「えっ、みかん青いのに、甘いの?マジで、やばっ、なんでー?おもろ!」「なんでみかんって、青っぽいのからオレンジっぽくなるんだろ?あっ、バナナも青っぽいのから黄色だな。あの色の変化って何に由来するんやろ?」「なしって、青っぽいままだけど、ずっとあんな色なんかな?もっと色の変化あるのかな?色が変化してくる果物とそうじゃないのありそうだな。なんでだろ?」「動物にはい食べごろよーって知らせて、いろんなとこにうんちと混ぜて種まきしてもらうためかな?けど、色変わらないやつは、いつでも準備万端?」あー、妄想が止まらんな。みたいに分からないことを分からないというより、楽しみ、妄想仮説を展開する、そんな疑いによる思考の広がりと探究は、きっときっと我々の内側を豊かにしてくれるんじゃないかと思います。

というわけで、今回ご紹介の疑うという研究からはだいぶ脱線しましたが、疑う力の大切さ、それを有効活用する上で、大事そうだな、と個人的に考えた3点をご紹介させていただきました。

ありがとうございます!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?