無意味なものに救いをみるとかしていて
意味のある事をたくさん教わってきた。意味のありそうなものが発信されていれば、「取り込まねば!」と近づいていった。それらのおかげで私は子供から大人になった。 ただ、意味があるものを吸収しようとする時の私は、大小あれど基本的に不愉快なのだ。
意味があるものは筋が通っていて完成されていて揺るがない。そういうものには私の存在が関与する隙というのは一切ない。私がそれを知覚しようがしまいが、意味があるものは意味を持ち続ける。それが冷たい。
つまらないし、寂しいし、不愉快だ。
あとこん