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時結い人 第5話
第5話: 隠れ家への道
夕闇が迫る中、葵は龍馬を支える男とともに、静かな路地を抜けていった。町の喧騒から離れ、人目を避けながらの道のりは長く、二人の緊張感は途切れることがなかった。周囲は古びた木造の家々と石畳の道で、足音を立てないよう慎重に歩を進める。
「もう少しだ。この先の林を抜ければ、仲間が用意した隠れ家がある」
男が低く呟き、道を急ぐように促した。葵は心の中で疑念を抱きながらも、それを表に出すことなく龍馬を支える手に力を込めた。目の前の男を信じるしかなかった。
「ところで……あなたの名前は?」
葵が問いかけると、男は一瞬ためらった後、短く答えた。
「俺は近藤。坂本様の同志だ」
その名に、葵は少し驚いた。近藤という名は、彼女の知識に引っかかる。歴史上の「近藤勇」とは別人かもしれないが、この時代においては警戒すべき名前だった。しかし、今は質問を控え、ただ彼の指示に従うべきだと判断した。
林の中へと足を踏み入れると、空気が一変した。湿った土の匂いと、木々のざわめきが二人を包む。月明かりが木漏れ日となって地面を照らし、静けさの中に不穏な気配が漂っていた。
「ここからは気を抜くな」
近藤が低く呟く。葵は小さく頷き、目を凝らしながら足音を消すように進んだ。龍馬の体は依然として重く、息も浅いままだった。
「あと少し……頑張って」
葵は龍馬にそう語りかけたが、彼は微かにうめくだけだった。その姿に、彼女は胸が締め付けられる思いがした。このまま無事に隠れ家にたどり着けるのか——その不安が頭をよぎる。
その時、何かが茂みの中で揺れる音がした。葵の心臓が一瞬止まるような感覚に襲われた。
「……誰かいるの?」
近藤は即座に刀の柄に手をかけ、葵を守るように前に立った。二人の間に緊張感が張り詰め、辺りは一瞬で静まり返った。
「まさか……追手?」
葵が問いかけると、近藤は険しい表情で頷いた。
「油断するな。幕府の連中かもしれん」
二人はその場で息を潜め、音のする方向に目を凝らした。すると、草むらから何かが飛び出してきた。
「にゃあ……」
それは一匹の猫だった。白と黒の毛並みを持つ猫が、警戒心もなく二人の前を歩いていた。
「……猫か」
葵は力が抜け、思わずため息をついた。近藤もわずかに緊張を解き、刀から手を離した。
「こんなところにまで来るなんて、奇妙な猫だな」
葵はその猫を見つめながら、不思議な感覚に囚われた。まるでこの猫が、何かの象徴であるかのように思えた。だが、その考えを振り払い、再び歩き始めた。
しばらく進むと、小さな民家が姿を現した。木造の古びた家で、灯りが漏れている。どうやら、ここが近藤の言っていた隠れ家のようだ。
「ここだ。さあ、入れ」
近藤が扉を開けると、葵は龍馬の体を抱えながら中に入った。室内は簡素で、畳の上に布団が敷かれている。彼女はその布団の上に龍馬を横たえ、安堵の息を漏らした。
「助かった……」
近藤もまた、緊張を解くように座り込み、龍馬の様子を確認した。
「よくここまで持ちこたえたな」
葵は小さく頷いたが、まだ彼の命が助かるかどうかはわからない。彼の呼吸は浅く、意識も戻っていない。
「ここで彼を看病するのね」
「そうだ。しばらくはここで身を潜めるしかない」
葵は頷き、龍馬の側に座り込んだ。彼の体温を感じながら、この時代で自分が何をするべきかを考え始めた。
次回、第6話へ続く。