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「建築と規範」(後藤伸一著、建築資料研究社2022年)を読む

日本建築学会の倫理委員会で、倫理についての議論をしているが、まさに建築実務において、本書の内容はシニア建築家が語る「実践倫理」であり、表紙に加えて随所に「利己から利他の建築へ」というメッセージが登場する。
我々の提案している建築基本法は、建築を社会資産と認識することから設計者や建築主、自治体の責務を法制化することにより、現行の「建築は私有財産」であるという認識の法体系を、基本から変革しようとするものである。「利他の建築」はまさにそれに通じるものがあるが、建築法のあり方については触れていない。実務に立つとそうなるのであろうか。
規範を正面から論じて、強制的規範が法であり、自律的規範が倫理であるということから、法と倫理についての論を進めていることは、極めてわかりやすい。そもそも倫理とは、という論の立て方をすることで哲学的な議論になることを、なるべく踏みとどめようという姿勢を感じた。
全2章構成で、第1章が「建築と規範・倫理・職能」で、第2章は「建築生産と規範・法制度」の内容である。総論と各論に近い展開とも言えるように感じた。
第1章の6節のうち1節から4節のキャプションに「倫理」の言葉が登場し、さらに第6節では、建築家として倫理性を体現した建築家として前川國男を紹介している。
「法と倫理」においては、「法の厳格な運用を待つよりも人が時間をかけて倫理的態度を身に付け行動する方が、社会においては有用性が高い」(p.32)と説き、倫理や道徳は法を包摂するとしている。別の言い方としては「倫理や道徳などの規範遵守の意識(倫理観)の涵養・浸透の作用によって、こうした反社会的な行為そのものを抑制することが社会にとってはより重要である」(p.38)と論ずるのであるが、現実にそのような状況を生むことは、容易ではないことも察している。後段では、それを職能集団としての役割や倫理学習に期待するという表現になる。
「建築と倫理的公共性」においては、「法制度が建築やまちの公共性を実質的に担保している」(p.76)とあるが、このような表現は、現行法を前提とした議論の限界といえるのではないか。公共性が担保されているかどうかの判断をどのように行うか、誰が行うか、「実質的」の表現が「建前として」ということだとすると、倫理規範をはみ出している法規範の存在についても議論する必要があるように思った。「共通する経験の記憶とその舞台となった場所の景観は人々の公共財であり」(p.82)という解釈は、現在の社会のあり方について建築家としての批判でもあり、「今後の開かれたコミュニティにおける建築物の倫理的公共性のあり方、方向性を模索し、そうした実践が倫理的公共性を再構築していくことにつながっていく可能性」(p.88)に言及している。そのためには、「幼児期から建築物を通じた環境教育や建築教育の重要性は高まるばかり」(p.93)とも言う。重要な指摘である。
「規範と職能」において、「明文化しても倫理規定自体に強制力は無いので、職能意識の高揚、社会に対する責任の明示(社会契約的概念)、仲間うちの行動指針やガイドラインとして用いられる」(p.98)と位置づけているが、職能集団としての倫理的責任の所在がどの程度意識されているか、気になるところである。「建築に係る倫理規範はついに建築士法に取り込まれ、倫理規定で済むはずの規範が法規範とされてしまっている」(p.111)とあるが、このことは、逆に法規範を守ることで倫理規範を守ったことになるとされたり、同時に「どこまで守ったことになるか」が見えづらかったりするということにもなっている。
第2章は建築生産として、設計と施工について、特に、後半では「監理」についての意味を詳しく解説している。改修工事における建築士の関与について「既存建築物の長期的利用や活用は喫掲の課題とされており、実効性のある法制度の整備や政策の実行が急務となっている。」(p.160)は、唯一というほどの法制度への注文であるが、建築基準法が多くの建築関連法の基本になっていることから、政策実行面での障害になっていると言えるのではないか。建築専門家の倫理性に期待するには限界がある。
生産となると、責任をどのような形で明示化していくかは、建築士にとっては業務遂行上も重要な部分である。契約の範囲、建築士法で定義される工事監理の範囲など、倫理の問題というよりは、社会における建築生産のしくみの問題であろう。
倫理の実践を、言葉で解説することは容易でないが、建築の実務にあっては、当然、法令遵守があるとしても、そこへのこだわりが決して実務ではない。そのことを、規範という言葉で一般概念として捉えて、倫理規範がより包括的な概念としてあることを、具体的に整理して見せている。倫理に悖る行動をとる人間は、程度にもよるが、多くは無いとしても、社会にとっては迷惑なことで、そのような人間が現れにくいようにするためには、「本書」を読んでほしいと言うだけでは不十分で、職能団体に期待する以外にないようにも思う。

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