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偉大なる彼は言った

フランソワ=オーギュスト=ルネ・ロダンはフランスの彫刻家である。彼の作品「考える人」は、美術を志す者でなくともその特徴的な姿勢をなんとなく真似できるほど認知された作品である。
美術大学彫刻学科を卒業した僕が、現在その作品の姿勢と同じ体勢をとっているのは、偉大なる作家の思考を汲み取るためではない。腹が痛いのである。姿見に写った自らの過去を回顧する愚かな姿にふとその作品を思い出しただけだ。きっとあれだ、昼に食べた辛いラーメンが暴れているのだ。後悔の念と裏腹に、美味しかったなって感想が口から漏れたのだ、きっと反省はしていない。

だが、不思議と絵を描く手はその速度を早めていた。時折手は止まるが、腹痛に気づかないように絵の事を考えようと頭が頑張っているのだ。自分の体の事ながら健気である。

学生時代、味はうまいが量がかなり多く脂も凄い、食べた後は必ず腹痛になる、といったラーメン屋が大学付近にあった。他学科の先輩は大事な作品の講評前には此処へ来るのだと言った。必ず腹が痛くなるこのラーメンを食べれば、余計な事は一切考えられなくなる。雑念が取り払われる事で、作品に集中して向き合うことができるのだと、腹を抑えた彼はとびきりの笑顔で僕に語ってくれた。
彼は変態だった。

「シンプルになればなるほど、私達はより完全になるのだ」
偉大なる彫刻家はそう遺した。大理石を砕くように余計な思考を削ぐ彼のあの行為は、作るという真理に大きく近づく過程だったのではないだろうか。僕は知らず知らず、あの変態から大切なことを教わっていたのかもしれない。

偉大なる彫刻家はこうも遺した。「自分が何をやるかさえ確かだったら、少しぐらい待ってもなんでもない」と。とはいえ、思考を簡略化された「考える人」はあまりにも手が止まっていた。辛いものは少し控え、健康的で人間らしい食事をすることを心に誓った。

「芸術家である前に人間であれ」
偉大な彫刻家の遺した言葉は、多分そういう意味ではない。

無題215-20220829055416


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