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排水溝もこもこ

 誕生日に豪華につくってもらった花束は、不思議な色のカーネーションだけが残った。シャクナゲが真ん中に大きく咲いていた時はおとなしかった色も、今はふいに目が惹かれる。香りはない。枯れる様子もない。他の花が一本いっぽん花瓶から抜かれてもう一週間は経とうか。まんなかに鮮やかなピンク、外へ向かって徐々に緑とピンクを透かしこんだ紫に移り変わる。古い写真のような色合い。これはきっと自然界より人間のセンスに寄っている。

 風呂の排水溝を掃除したくて、もこもこの泡が出る粉をドラッグストアで買ってきた。SNSでみたのがやってみたかったのだ。触らないで綺麗になるのもとてもいい。わくわくして粉を排水溝に撒くと、何かを吸ったようで鼻が緊急停止した。ビタリと止まった呼吸に驚いて残りの粉を直角に流し込み洗面所に逃げる。せっかく丁寧にサラサラと満遍なく粉をかけていたのに。すぐに窓をあけてキッチンの換気扇もつけた。
 とりあえず三〇分は放置しなければならないのでバッグをひっつかみ外へ逃走した。ちょこっと運動できるジムへ行って自転車を漕ぎ、ちょろっとだけ筋トレをする。これで朝食べたスナック菓子のことは許されたい。
 ちっとも前に進まない自転車を漕ぎながら「排水溝 粉 石鹸 混ざる」なんてワードで調べてみた。もこもこを撒いたけれど、当然他の風呂用洗剤と混ぜたりなんかしていない。もしかしてボディソープとかも混ざったらダメなのかしらと調べでみたけれど、たぶんそれでガスが発生することはないらしい。まぁそういう汚れの場所だから、それでガスが出られたらもうそれは製品側の設計ミスだ。
 だとすれば粉を撒いたときに舞ったのだろうなぁ。細かい白い粉だった。ことさら細かいことは無かったけれど、排水溝全域に行き渡れと念を込めながら袋を左右に振ってサラサラと粉をかけた。それが鼻に来たのだろう。
 人間の体の性能にはいつもびっくりする。今回も鼻の奥に粉が辿り着いた瞬間勝手に呼吸だ止まってそれ以上吸わないようにして、脳裏に「WARNING」と赤い文字で点滅した。だから慌てて域を止めたまま窓を開けたりなんだり、咄嗟の行動ができた。
 人間じゃないけど、食い意地120%の愛犬が毛虫を食べちゃったことがあり、そのとき我らがラブリードッグはガツガツと土を食べては吐くを繰り返した。本当にガツガツ、迫るものがあった。
 動物病院に電話してそんなことをしていると伝えたところ、本能だからそのままにと言われ、落ち着いたころに病院に連れて行った。特に異常はなく帰宅。あれが遺伝子に組み込まれた生存本能ってやつかと思った。
 もっとちゃんと換気をしてから始めれば良かった、粉はもっと慎重にかければよかった。いろんな反省はあるものの排水溝は無事に綺麗になった。

 寝る前の思考がその日一日を決めるらしいから、楽しいことを考えながら布団に入り電気を消す。

 あくびをすると目の端から垂直に涙が枕に染みこむ。さっき塗った睫毛美容液がとれちまうなと思いながら、目尻からこめかみに毛が生えるのを考えた。 

 笑いながら寝た。



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