忌み地 第三章 壱央
壱央は画像を視た日から、身の回りで木彫りの人形の姿を見かけるようになった。その人形はまさに井野家で手に取ったもので、生温かくぐんにゃりとした感触が忘れられずにいた。拙い、木を削っただけの面《おもて》は、生きているような表情を浮かべ、ジッと壱央を見つめている。感情などひとかけらも感じられないのに、人形の執着だけは伝わってくる。
それは、カフェの壁際のテーブルに、電車のシートに、廊下の一番奥に立てかけられて置かれていた。視界の端に不意に現れて、そのたびに壱央は息を飲んだ。
部屋に戻っても、ベランダ側から猫の鳴き声がするようになった。か細い鳴き声は上下左右の部屋から聞こえてくるのではない。壱央はベランダのサッシを開けて、それを確認する気に到底なれなかった。
夢も頻繁に見るようになった。井野家の仏間に立っている夢だ。足下をあの人形たちが埋め尽くしている。人形がゆっくりと赤黒い液体に濡れた赤ん坊に変化していく。畳の下からあぶくのように無数の赤ん坊が湧き出して、壱央の足にすがりついてくるのだ。
ユタの祖母から教えてもらった念仏を唱えても、体は金縛りにかかり上手く喋ることも出来ない。何の効果もなく赤ん坊が何十何百とよじ登ってくる。赤ん坊の体は所々欠損しているのが見て取れた。空洞のような黒い口を開けて、何を求めているのか、泣き叫ぶばかりだ。
「僕には何も出来ない、何もしてやれない」
そう念じ続けて、朝を迎えた。
慌てて、壱央は結花子に電話していた。このままだと結花子もあの邪悪なものに取り込まれてしまう。警告するために電話をかけたのだ。案外早く結花子が電話に出てくれた。
「井野さん、よく聞いてください。このままだととても危ういことになります。あの人形たち、僕の所にも来るようになりました。今はまだなんとかなってますけど、いずれ僕も無事では済まないと思っています」
「どういうことですか?」
結花子の声が震えて動揺している。
「僕が視たあの画像、あれは赤ん坊の集合体です。座敷童みたいな穏やかな霊じゃなかった。呪詛で変質した赤ん坊たちなんです。生まれた直後か生まれる前に呪詛に使われて、死んでいった赤ん坊でたちが悪い。赤ん坊が湧き出ているのは仏間の床下です。早く床下を調べたほうがいいですよ」
壱央にはそれが精一杯のアドバイスだった。それに床下の原因を封じるか鎮めれば、自分に及んでくる邪悪なものが収まる気がした。
「わかりました……。主人にお願いしてみます」
結花子の力なく答える声が聞こえた。壱央はそのあとすぐに、宮古島の祖母に電話をした。