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小説詩集4「時間どろぼう,ですか?ホログラムの話再び~withパソコン君」

 どこからか舞い降りてくる一枚の木の葉。
 水滴が頬をぬらして、空を見上げたら、あら青く晴れていた。
 今日の天気はいったい何だったかしら、と思いつつ地上に降りたばかりの落ち葉をひろった。
 ぷっくりした手のひらみたいなのをクルクルさせながら、私はドアを開けた。
「ただいまパソコン君」
 今日も元気にかえってきたよ、わりに色づいた落ち葉を見せる。
「いつの間にか、秋ですなあ」
 って、パソコン君は風流風に答えてくれた。
 それを聞いてひらめいた。これがさ、これが会話ってものじゃないかしらって。だから今、時間が私のものとして消費されたんだって。
「結局、また悩みごとですか?」

 着替えてから、たんと買ってきたシュークリームをむさぼり食べる。
「いやね、こないだパソコン君に、ホログラムになりたまえって言ったじゃない」
「はあ」
「だけど、実際のホログラムってのも物理的に難しいらしいじゃない。だから、やっぱり人間だって難しいのかなって思ったの」
「一週間前、プロジェクターよろしく人のスクリーンに映し出すんじゃない、自分は自分自身に映し出すんだ!って言ってご満悦でしたよね」
 パソコン君は鼻で笑う。
 鼻で笑ったけれど今日の彼はなんとなくやさしい。

「実はさ、木の葉が落ちてきたってことは、もうすぐ木の実もおちてくるわけで」
「木の実ってなんの木の実ですか?」
「しらないよ、どんぐりとか、栗とかなんだっていいじゃない」
 パソコン君がシューっていう。
「ごめん悪かった。でもとにかく木の実って、全部が発芽するわけじゃなくって、ほとんどが予定を内包したまま地上に転がっちゃうわけでしょ、ゴロゴロと」
「ゴロゴロ転がるんですか?」
「そうだよ、見たことないかもしれないけど、ほんとゴロゴロころがってるんだよ」
「ああこれか」
 パソコン君は内部で画像を見つけたらしい。
「それでさ、そのごろごろ転がってるのがみんな、生命の計画図を持ったまま密やかに存在しているんだよね、かわいいく」
「かわいいんですか、そのゴロゴロは」
「そうだよ。で、私たちだって、神さまの描いた設計図を大事に抱えて無垢でいることだってできたんだよ。でも私たちが現実に生きちゃってるって、私たちって神様の、、、」
「ホログラム、ですか」
「そ、そう、今日は感がいいわね」
「僕だってむだに電気を消費しているわけじゃないですよ。日々世界の裏のウラ、その奥深くで情報収集してますから、ヒヒヒヒ」
 裏の話になるとパソコン君は怪しくワルになる。と言うかおかしくなる。

「そんで、神さまがせっかく立ち上げたはずのホログラムだったのに、私どう、とかオフィスじゅうの人が知り合いなんだけど私どう、とか私あの人きらいなんだけど、どう私、とか言ってくることあるけど」
「いやなんですか」
 パソコン君の声は一本調子だ。
「聞いてあげることは出来るけど、私に映し出してもらっても、何か私のためにならんような気がするの」

「しかし神様でさえ生命に投影するのではないんですか」
「そ、そうね、人間ならなおさら人に投影するわね。
 でも、私どう、って言う人見てればどうなのか分かるのよ。
 いい具合にかわいいし、いい具合に役に立つし、いい具合に声がひっくり返るし、そんなふうにイケてるの。
 だから、私ももっとイケていたいから自分を燃やすの。
 たとえ今日、意味のわからん資料が届いてるぞ、誰だ、ってクレームが来ても、やっぱり立ち上がって、薄ら笑い浮かべてるかな私って、って思っても、精神統一して立ち上がってイケてる仕事するんだって思うの」
「また、今日も失敗したわけですか」
 私は肩を落とす。

「つまり、時間どろぼうですね」
「時間どろぼう?」
「時間盗まれるから、いやなんですよ、たぶん」
「でも、こうやってパソコン君とグダグダ言っている時間は灯された明かりのように溶けて消えていくよね」
「そりゃそうだ、それがホームってものよ。ときには時間だって盗まれることもあらあな。それだからいい時間が身に染みるってものよ」
 て、パソコン君に何かが憑依したようだった。

 秋はまだわかくって、寂しいというよりはすがすがしい。
 だから、窓にもたれて詫びそうな気配を感じても、私はまだたそがれる予感がしなかった。

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