小説詩集6「ロボとの思い出」
ロボットはラインの上に乗せられて作られていた。
その隣で私は時間という名のラインに乗せられて、自分を造られていた。
さっきまで私の過失を責め立てて、問い詰めていた人たちが五、六人追いかけてきて纏わりついているけれど、このラインに乗っかっている以上いつかは振り切れるんだ。
同じペースで流れているので、隣の目のクリッとしたロボットに話かけてみた。
「昔ね、ロボっていう名のロボットに出会ったことがあったの」って。
ロボットが、クリッとした目で「聞かせて」というので、時の流れにメモの断片を広げるようには私は話しはじめた。
その頃私は、職場でよくロボットが罵倒されているのを見かけていた。そのロボットが資料を整理するためだけに作られていたにもかかわらず、なぜもっと新しい資料を作らないんだ、とか、もっと早く整理できるはずだ、とか言われながらゴンゴンされたり、別のシステムをガンガンくっ付けられたりしているのを見て心がいたんでいた。
私は帰り道、気持ちをリセットしようと図書館に立ち寄って棚と棚の間を巡った。
こけむした遺跡をめぐるように。
すると、人目のつかない一角にロボという名のロボットが項垂れているのを見つけた。
「どうしたの?」
って屈みこむ。
「僕は、棚にご案内するのが仕事だったんです」
「そうよね」
「今日からは、ご案内なんかいらないからそこに引っ込んでろ、って言われたんです」
「そうなの?」
「僕、ご案内だけしかできないものだから」
「そうなんだ」
一緒に途方にくれる私に、「僕を連れて逃げてくれませんか」とロボが言った。
私が、あなたを連れて、逃げるの?って心の中でおうむ返したけれど、次の瞬間には彼を背負って駆け出していた。
雪の降る季節だった。息がハアハアと白く暗闇に浮かんでいた。
とりあえず、カフェに入って暖をとる。カフェのお姉さんがホットミルクを運んでくれた。「疲れたでしょ」って。
カフェの中では、数台のロボットが愉快そうに働いてた。ロボは、それをじっと見ていたけれど、とうとう思い切って、「僕もここで働けないでしょうか」ってお姉さんに聞いてみた。
お姉さんは残念そうに、「無理なの」っていったけれど、「私の姉のところなら」と。
私たちは「お姉さんのお姉さん?」って思いながら、互いのポカーン顔が可笑しくっなって笑った。やっと暖まったなって思った。
5番乗り場のバスに乗ってお姉さんに教わった、お姉さんのお姉さんのところへ向かった。
バスは病院前で停まった。
すると、ロボの覇気が俄然よみがえって、「僕についてきてください」ってズンズン院内へ入って行ったので私もそれに続いた。
ある病室の前にたどりつく。
恐る恐る入って行くと、そこにはカフェのお姉さんにそっくりなお姉さんがいて、とても透明感のある美しい人だった。
限りあるこの世界を寂しく思っている面持ちがどこかで見たことがあるような、て思ったら、ああ、ゴーギャンが持ってたゴッホのひまわりだ、て私はその絵を思い出していた。
「妹から聞いて待っていたのよ」
ひまわりのお姉さんはそう言いながら、リンゴでもいかが?と手にとって剥こうとしたのだけれど、リンゴは力なくお姉さんの手から滑り落ちて床に落ちてしまった。
コロコロと転がってきたリンゴを私はそっと拾った。
「こんな時、人はすぐに拾い上げて、私が剥きましょう、て言いますよね」
私はリンゴを撫でまわしながら言った。
「そうかもしれないわね」
「私、それ言っちゃいけないんじゃないかって逡巡するんです。いつも」
「そうなの」
「拾い上げる瞬間、申し出る瞬間、そのタイミングが誰とも違うんです」
「それでいいのよ」
てお姉さんは言う。そして続けた。
「たぶん自分のできることを、自分の形にすればそれでいのよ。そうして生活していたら、きっとなんとか生きていけるし、旅立つ時に微笑むことができるんだと私思うの」
お姉さんの代わりにリンゴの皮をむきながら、私はちょっと咳き込むように泣いて、それから笑った。
「ロボのこと?」
ロボットはロボのことを心配しているようだ。
「うん、ひまわりのお姉さんのところの案内係になったんだよ。だってお姉さんのところには、ひっきりなしに人が来ていて、力をもらってたんだんだもの」
ロボットは工場の流れる天井を見上げながら何かを考えているようだった。
私も草原に寝転ぶように空を見上げて思い出にふけるのだった。
おわり
❄️6月10日がロボットの日だとわかって、あるロボットのことを思い出した、的な気持ちで書きました。喜びも、悲しみも、危険も、もうロボットだとか人間だとかありませんね、的な世界でしょうか。私はやはりかわいいロボットが好きです。