小説詩集「クリスマスキャロル」
僕がこのふゆ一番心配だったのは妹のことだった。
「何をやってもちっとも自分に合わないの、」
って、小鳥みたいにつぶやいて思い詰めてたから。
「でも、どこも塗りつぶしてないじゃないか、」
みたいに妹に言って、その手放そうとする白地図みたいな夢の束を僕は眺めた。
「ぼくはさ、」
僕は確かに、のぞんだ道をすすんできたけれど、それだって努力は必要なんだよ、とか言いかけて言葉を飲み込んだ。何をしたって実らんものは実らんかも、てき疑惑が僕を襲ったから。
だから、妹が、
「私、編みぐるみの世界に入る」
って言い出した時、それが生計を立てるということなのか、それともその世界に逃げ込むということなのか分からず、当惑したままあえて問いたださなかった。不安だけが募った。
クリスマスが近づくと、街に悪い風邪みたいなのが流行り出していた。
研究室の友人も次々と罹患んして、とうとう僕もそれにやられてしまった。
僕は職場から締め出された。病院から締め出され、街そのものからも締め出された。
僕と妹はふたりで部屋にこもった。
「お兄ちゃん、編みぐるみまた一つできたよ」
壊れかけた機械みたいな映像が僕の周りで再現されつづける。
熱にうなされながら目覚めるたびに、編みぐるみは増えていくようだった。
薄れゆく意識の中で、額を冷やす妹を感じながら、この風邪みたいな病の本質がみえてくる。
肉体と魂が分離された存在になる、ということ。
個々だった僕らの魂が粘性動物が集結するみたいに、地球上をおおいはじめる。
手を取りあい、僕らは同時に個々でもあるりつづけた。
宇宙の彼方からやってきた光が僕らに声をかける。
「集まってください」
僕らは、地球に別れを告げる時がきたのを感じる。
はるか何億光年にも及ぶたびに出るのだ。
僕は目を閉じる。母さんの腕の中で眠るみたいに。
春のそよぎに包まれて、僕は母さんと笑っていた。ぬくもりだけの存在となる。
そうか、僕が幸せに思った瞬間ってこれだったんだ。研究チームに残れたこととか、論文が査読をクリアしたことなんかじゃなかったんだ、的に笑う。
僕たち魂はうすれゆく意識のなかで粘性を失いバラバラに離れ始める。舞い上がるもの、飛び散るもの、を見ながら僕は雪のようになってハラハラと地球上に落ちた。
「お兄ちゃん、」
妹の声に僕は目が覚めた。
「熱がさがったみたいだよ、」
て言って、フルーツでも買ってくる、みたいに妹がドアをでる。
妹は、たぶんコンビニまで歩く道すがら、編みためた編みぐるみを深夜の街にかけて回るのだろう。
街の所々に突っ立ってる彫刻たちの指さきや鼻先に、編みぐるみをぶら下げて回るのだろう。
クリスマスの電飾に飾られた木々の梢や、誰かさんちの郵便ポスト、ドアノブなんかにかけて回るのだろう。
街は妹を拒んでなんかいなくって、白く、美しく広がってる。
「あのさ、」
「うん、」
地球を旅立つ夢をみたよ。
「地球を?」
「うん、遠いたびだよ」
旅立つ時さ、誰からも職業のことなんか聞かれることはなかったよ。
おわり
❄️熱も出て、ねつ乗り越えてクリスマス。みたいなほとんどお正月みたいな言葉がもれはじめます。忙しいですね。
地球が要求してること、生命が要求してること、そんなことに思い馳せるやはり聖夜です。とてもシンプルな答えがわいてくるみたいな、だから、それが本当の答えなんだみたいな、確信が白い心にひろがります。また書きます。ろば