(小説)宇宙ステーション・救世主編(六・一)
(六・一)五人目の客
桜は散れど、春の陽気はまだまだ続く吉原の街。月が替わりお節は、エデンの東の玄関にチューリップを飾る。雪への客がない為表面上は警察の動きも特に見られないまま、日々が穏やかに過ぎてゆく。巷はゴールデンウィーク、一般市民の住む住宅街では景気良く風に泳ぐ鯉のぼりの姿が見られ、街路には皐月の花が色付いて街を飾り、一年でも一番長閑なる季節である。
警察の動きは影を潜めているものの、雪の存在は徐々に吉原の街へと知れ渡り、話題の中心となりつつある。しかもその評判たるや頗る悪い。なぜか、先ず料金。あんな素人に毛の生えたような小娘が一晩百万円だって、あほかと誰もが腰を抜かす。笑わせんじゃないわよ、あんた、こちとらやってらんないわ。プライドの高いベテラン泡姫やら、芸能人崩れ、AV女優連中が対抗意識剥き出し。
その程度の騒ぎなら良いけれど、客が連続して死亡しかも桜毒に感染して、とあっては吉原の経営者連中も黙ってはいられない。悪い噂が立ち吉原全体があたかも桜毒の感染源であるかのように誤解され客足が遠のいては、街の死活問題にもなりかねない。そうなれば吉原を影で牛耳る裏社会の連中だって大人しくしてはいまい。
そこで月に一回定期的に開かれる吉原の経営者会議にて、お節は質問攻め。
「なあ、お節さん。あんたとはもう長い付き合いになるけどねえ……」
前置きの後、
「言い難いんだけど、あんたの娘どうなってんの」
「一体どういうことなんだ」
「ちゃんと説明して頂戴」
「こっちだって迷惑なんだよ」
「兎に角どうにかしてもらわんと」
丸で針のむしろ状態、仕方なくお節は手を付いて平謝り。
「皆皆様には多大な御迷惑をお掛けしまして、大変申し訳なく思っとります。わてかてかわいい自分の娘やさかい、ほんまは働かせとうないんやけど、こればっかしは本人がどうしてもやりたい言うもんやさかい、すんまへん」
「じゃ桜毒の件は、どうなってんの」
「へえ、それがさっぱり訳が分からんのどす。何しろ雪は昔っから一度としてその病気には感染したことありまへんもんで。何でこないなことになんのか、こっちが聞きたい位ですわ」
「そんなこと言ったってよ、現に死人が出てるじゃねえか、おい」
「はあ、そやから、死にはった殿方皆さん、雪のような小娘にぽんと百万出して下はるようなお方ばかりでっから、それなりに遊んではったかと思います。失礼ですが元々何らかの御病気をお持ちだったんちゃいますやろかと。それが雪と遊んだタイミングで、たまたま発症したんかなあと……」
「たまたま、ねえ」
「そうとしか、言い様がありまへん」
如何にも苦しい弁明に終始するお節。
「ま、確かにお宅の雪ちゃん、今でもピンピンしてるからなあ」
「そうなんでっせ、不思議でっしゃろ」
「まあねえ」
一同顔を見合わせため息。まあ、まだマスコミに騒がれたり、広く世間様に知れ渡った訳でもなし、という訳で、
「じゃ兎に角、気付けて下さいよ」
注意を受けたばかりでその場はお開き、何とか切り抜けたお節。
では、渦中の雪の方はどうかといえば、あっけらかんとしたもの。いつも宇宙駅に閉じこもった生活だし、たまに表に出て白い目で見られたところで気にするような雪ではない。堂々といつものミニスカにハイヒールの出で立ちで吉原の街を闊歩する。そんな雪に街の連中も文句の一つや二つは言いたいけれど、何しろ相手は絶世美少女、かつ今や客が次々と死んでゆくという最強魔性の女。何となし緊張と恐怖、声を掛け辛く無言で見送ってしまう。
そんなお節と雪の許へ五月の陽気に誘われたのか、ふらっと五人目の客が現れる。まさかと思いつつ、先ずはお節の面談。これ以上騒ぎを大きゅうしとないお節としては、雪には内緒、何とか難癖付けて端から断る腹積もりでいる。
ところが相手は相手で、一癖も二癖もありそうな猛者ときている。その名も海野保雄、職業は自称作家。自らエログロ、変態小説の大家、文豪であると豪語し、ご丁寧に手作りの名刺まで手渡す始末。幼年期の屈折した性体験が基で、三度の飯より変態プレイが好きなのだと喜々としてお節に語る。
「成る程、そうでっか」
では、しめしめとお節。
「折角でっけど、女の子への変態プレイは厳禁、御法度ですねん」
ところが海野、にやっと笑って、熱い眼差しをお節に向ける。
「なら、わしへの変態プレイはOKなんやな」
「はーあ」
「そやから女王様になって、わしんこと、とことん苛めて苛めて苛め抜いてんか」
ああ、しもた、そっちの方かいなと後悔しても後の祭り。これで断ったら、逆上して暴れまくりそうな海野。
仕方なくお節は、海野を宇宙駅へと案内する。ドアをノックする前、お節はぽろっと漏らす。
「でもお客さん。これ脅しやのうて、もしかしたら女王様の愛の鞭でな、ほんまに御昇天遊ばして、そのまんまあの世行きてことになるかも知れまへんで」
すると海野、
「ああ知っとる、知っとる。あいつらやろ」
あいつらて……。何で知ってんやろ、まだ公にはなってへん筈やのに。もう訳分からん、この変態男。ええい、どうにでもなりなはれと匙を投げるお節。宇宙駅のドアをノックし、出て来た雪にさっさと客を引き渡す。丸で魔女に差し出す生け贄の如く。
「いらっしゃいませ」
にこっと海野を迎え入れる雪。例によって警告と称し、三上組長から始まる今迄の経緯をちゃんと話して聞かせ、
「お客さん、ほやから、止めといた方がええかも知れへんで」
親切に海野に忠告する。雪としても騒ぎを大きくしたくはないから、しばらく商売せずに大人しくしていたい気持ちもある。けれど客と対面するとどうしてもその瞬間、『こいつをころして』とお雪さんが叫ぶから止められない。
「ほんまええの、雪知らんよ。一応警告したさかい、恨まんといてや」
憂鬱な顔で告げる雪に、あっけらかんと答える海野。
「ええねん、ええねん。実はあいつらから話聴いとって、何や分からんけど、どないしてもきみと遊びとなってしもてな、わざわざ関西から夜行列車ちゃう夜間飛行機で飛んで来たんや。何でか言うたらな、騒ぎになってもたらもうきみとは遊べへんようになるやろ。ほやから今のうち頼むわ」
要するに、海野も今迄の客のお仲間、闇の組織の恐らく下っ端下層階級ではあろうが一応構成員という訳。
従順な性奴隷として雪の前にひれ伏し、女王様からのお仕置きを今か今かと待ち侘びる愚かなる子羊、海野。
「な、お願いします。わしもう普通の刺激じゃあかんねん、スリルがないとな。ま、ロシアンルーレットみたいなもんや」
その哀れな姿を前に、またもやお雪さんが叫ぶ。
『こいつをころして』
しゃない、もう、行くとこまで行くしかあらへんな。
覚悟を決めると雪、後は無慈悲残虐なる女王様として海野の前に君臨。ご奉仕を強要し、鞭、蝋燭など海野持参の変態グッズで海野をいたぶる。海野は虐待されるマゾの快感に身悶え酔いしれ、一晩のうち幾度となく狂ったように絶頂を迎える。最後に二人交わって、夜明け前海野は遂に果てる。
しばし海野は眠りを貪る。死んだように横たわっているけど、寝息でまだ生きていると分かる。その姿を見ていると無邪気な子供の寝顔のようで、寝息もまた儚げでいとおしく、男とは何て哀れな生きものなんやろかと同情を禁じえない。夜が明け、海野を揺り動かして起こすとタクシーを呼んで、見送る。
「ほな、元気でな」
再び宇宙駅でひとりに戻る雪。ああ、またやってもた。それにしても女王様など初めての経験であり、相手が望んで狂喜するとはいえ、誰かを鞭で叩いたり蝋燭の蝋を垂らしたりなど、思い出すだけで気分が悪くなる。雪は吐き気を催し、その日食べたものすべてを戻すほど嘔吐する。
気分が持ち直した雪は目映い五月の朝陽の中、そのまま倒れるようにベッドへ。ぐっすりと眠りに落ちる。眠りの中では夢がまた雪をとらえる、雪をつかまえて離さない。夢は雪を少女時代へといざなう。
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