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(小説)宇宙ステーション・救世主編(十一・五)

※ここまでお読み下さり、有難う御座います。汚辱の中の、命のきらめき感じて下さい。
(十一・五)お雪さん
 ゴロ助が霧下に呼ばれ、組織の面々と入れ替えにお化け屋敷に入ると、決まって雪はいつも気絶しているか眠っている。雪の呼吸を確かめ、後はそのままそっとしておいて上げるゴロ助。たとえ血だらけ傷だらけ、どろどろの体液まみれであろうとも。その瞬間だけが雪にとって唯一の休息であり、すべての、生きているすべての苦痛を忘れられる一時だからである。
 それに雪が目を開ければ、雪の悲痛な言葉を聴かなければならず、それがまた堪らなく辛く悲しい。つい逃げ出したくなってしまう。けれど雪の方が自分などより遥かに苦しいのである。それを自分だけ逃げ出すなど出来る筈がない、雪をこの地獄にひとり置き去りにしてゆくことなど。目を開けてそんなゴロ助を見付けた時の雪の第一声は、決まってこうである。
「おっちゃん、雪死にたい」
「おっちゃん、雪のこと、ころして」
 その声も上手く聴き取れない、もう声を出す元気もなく、精一杯搾り出すような掠れた声で囁くのである。がんばれよ、元気を出して、などと言える訳もなく、ただ言葉に詰まるゴロ助。
 雪は自力で食べることが出来なくなっており、その為ゴロ助が与えている。お握りを細かく裂いて雪の口に入れてやり、カップラーメンは麺を挟んだ箸を雪の口に運んで食べさせ、カップを向けてスープを吸わせる。丸で幼い子供に食事を与えるが如くである。同様に自分でシャワーを浴びる力もない雪。汚れた自分の体を洗うことも、付着した汚物を拭うことも出来ないから、すべてゴロ助が手伝う。排泄にすら無関心であり、放っておくとそのまま床に垂れ流す為、ゴロ助が雪を担いでトイレに連れてゆく。
 体が傷だらけである為、シャワーも駄目、猛烈に傷に沁みるから、痛がって狂ったように暴れる。だから付着した汚物を丁寧にティシュで拭き取り、湿らせたタオルで全身を拭いて上げる。そうすると僅かでもさっぱりとするのか、声を立てずに雪が嬉しそうに笑うので、ゴロ助は堪らず嗚咽しそうになるのである。
 体を拭いて上げながら、雪に語り掛けるゴロ助。ちゃんと聴いているのかいないのか、それすら判別出来ない。雪からの返事は殆どない。丸で人形に向かって独り言を呟いているようである。
「うちの若い衆が、何でここのことをお化け屋敷って呼ぶかっていうとな。それは、あいつらもう何十年も前からずっとここで、今あんたにしているようなことをやってきたんだよ。どっかから少女や若い娘さん、そればかりか少年までもかっさらって来やがってな」
 ゴロ助の話に、言葉はなくとも雪の瞳は悲しみに溢れる。それには気付かず語り続けるゴロ助。
「世間的には家出、蒸発、行方不明ってことで片付けられた、そんな何人もの少年少女たちが、奴等の犠牲になってこのお化け屋敷で最期を迎えたんだけど、やっぱり成仏出来ねえんだろうな、噂によると化けて出てくんだとよ。おいらはまだ一度も見たことねえけど、そんなことをうちの若い奴等が口にしてやがった。おっと、詰まんねえ話して済まないね。眠いなら、寝ていいんだよ」
 ゴロ助がいる時、決まって雪はゴロ助の手を握り締めながら、眠りへと落ちてゆく。掠れた声で雪が言うには、
「おっちゃんの手触ると、痛みが減んねん。なんでやろ」
 雪が眠りに落ちた後も、ゴロ助は雪に聴かせるようにお喋りを続ける。雪は眠りの中で、その声を聴いている。
「それはもう十八年以上前のことになるかなあ。おいら今でも忘れらんねえ、あの少女のことは。そりゃ可哀想だった、とても口じゃ言えねえ地獄だったよ。来る日も来る日も、それこそ今のあんたと同じ、いやそれ以上の目に遭わされていたんだから」
 十八年以上前、あの少女、地獄、あんたと同じ、いやそれ以上の目に……。眠りに落ちた雪の体がびくっと反応する、そして高鳴る鼓動、どきどき、どきどきっ。
「だってね、その子は何人もの男と関係させられたんだよ。おいらが知ってるだけでも、まず先代の三上組組長。こいつが先ず最初にその子に手出しやがった。可哀相にその子はまだ処女だった。それから次に北っていう政治家、泣き叫ぶその子を一晩中玩具にしてやりたい放題。お次が和田っていう医者、まだ若造の癖して、無抵抗のその子を大人の玩具で責め立て喜んでいやがった。それから黒岩っていう大学教授、こいつがSM趣味らしくて変態プレイでご満悦。次が海野っていうこれまたどうしようもないちんけなエロ小説家、こいつときたら一晩中その子の体舐め回して興奮していやがったとさ。次に山口っていう男優、こいつなんぞTVで見てる優しい顔たあ大違い、容赦なく鞭で叩いて悦に浸ってやがった。お次が変わったところで夫婦揃っての変態、金子っていう実業家。二人でその子を玩具にして楽しんでやがった。奥さんの方なんざ同じ女の癖して同情する所か、その子を召使い扱い。それからその頃流行っていた何とかっていう宗教団体の教祖野郎、こいつがまた他の奴等に負けず劣らずの変態振り」
 どきどき、どきどきっ、眠っている雪の指がゴロ助の手を捜し求め、ぎゅっと握り締める。
「これだけでもまだほんの一部なんだよ、他にも何十人といてさ。まったくひでえ奴等さ。だからその子は、連中のことを死ぬ程恨んでいたよ。そりゃそうさ。その子いつも口癖のようにこう言ってた、寝てる時もうわ言のように。誰か……」
 お雪さん。
「だれか、こいつらをころして」
 ゴロ助の声を遮って、そう呟いたのは掠れた雪の声。
「何だ、起きてたのかい、雪ちゃん」
 目を開き、無言で頷く雪。
「その子、どうなったん」
 訴えるような目で雪が問う。
「聞きたいかい」
 ゴロ助の手を握り締め、うん、と頷く雪。けれどゴロ助はかぶりを振り顔をしかめる。
「実はね、生憎おいらも知らねんだ。ていうのもその子突如、こっからいなくなっちまったもんだから。死んだんですかって誰かに聞いたら、そうだって。でもそれ以上は奴等何も教えてくれなかった」
 雪を見ると、再び目を瞑っている。ゴロ助は独り言のように言葉を続ける。
「でもね、実はその子妊娠してたんだよ」
 妊娠、はっとして再び目を開く雪。
「誰が父親かなんて、分かりゃしない。そりゃ奴等の中の誰かにゃ違いないけど。その子、いなくなる直前にこの部屋ん中で産んだんだ。でもその子はもう自分が産んだことさえ自覚出来ない様子だった。生まれた子供は女の子だったけど、扱いに困った奴等はどうしたかっていうと」
 じっとゴロ助の顔を見詰める雪。
「連中、おいらの組に始末を頼んできやがったんだよ。そいでその役目が、おいらに回って来たって訳」
 雪の顔を見詰め返すゴロ助、見詰め合うゴロ助と雪である。
「でもおいら、殺せなかった。殺せる訳ねえよ、あんなかわいい顔見ちまったら。だからおいら迷った挙句決心して、その赤ん坊をこっそりと弁天川に流したんだ。ばれたらばれたでいいやってやけくそ、誰かいい人に拾われろよって」
「いつ」
「えっ」
「それは、いつなん」
 問う雪に戸惑いながら、ゴロ助は答える。
「忘れもしねえ、十二月二十四日、クリスマスイヴの早朝、まだ夜明けの時刻だった。その年は珍しくもう雪が降っていてな。でも今から思うと、そん時は殺すよりましだって思ってやったことだけど、やっぱ寒さで直ぐに死んじまったろうな。だからおいらが殺したも同然なんだ」
 激しくかぶりを振ってゴロ助を見詰める雪、その手は強くゴロ助の手を握り締めたまま。その唇がぼそぼそっと動く、けれど上手く聴き取れない。
「何、何だって」
 問うゴロ助の耳に囁くように雪が語り掛ける、掠れた声で、どきどき、どきどきっ、脈打つ鼓動と共に。
「パパ」
「えっ」
 雪を見詰めたまま、沈黙するゴロ助。
「おっちゃんのこと、パパて呼んでええ」
 ゴロ助に微笑み掛ける雪、けれどその理由は語らない。
「いいよ、呼びたきゃ幾らでもそう呼んでいいから」
 それでこの子の気が休まるならばと微笑み返すゴロ助、雪の手をそっと握り返しながら。ゴロ助もまた内心もしかしてと思う、もしかして雪があの時の赤ん坊なのではないかと。でもそれにしちゃ、産んだあの少女とちっとも顔が似てねんだなあ。
 安心したようにゴロ助の手を離すと、再び雪は目を瞑る。今度は心の中のお雪さんへと語り掛ける為。
「お雪さん。なあ、お雪さんてそんな大変な目におうとったんやな。雪、ちっとも知らへんかったわ。そやかて雪まだ赤ちゃんやったやろ。お雪さんのこと、助けて上げれへんやった、御免な……。そやからお雪さん、雪に縋って来たんやね。お雪さんの憎しみがそのまま桜毒みたいな猛毒なって、雪に遺伝したんちゃう」
 その瞬間から雪はもう、死にたい、ころして、と思わなくなる。

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