(小説)宇宙ステーション・救世主編(二・一)
(二・一)一人目の客
年の始め、お節はエデンの東の玄関に梅の花を飾る。雪は雪で年が明けても相変わらず、宇宙駅にてただひたすら待ち続ける、救世主を或いはお客を。
雪と遊ぶ為には百万円という高額な料金を払わねばならないが、この他にお節は変な客が付かないようにと雪には内緒で勝手にある条件を付す、それは変態プレイの禁止である。
「はあ、何ばかなことぬかしてやんだよ。じゃ何かい百万も払わされて、おまけにてめえのやりたいプレイも楽しめねえってか、んなあほな」
そんな客の不満が聴こえそうであるが、お節は毅然としてこう答えるのである。
「手前共の雪はひとつの芸術品でおます、芸術作品詰まりアート。汚したり傷つけたりはご法度中のご法度でっせ」
これで折角百万払おうって客も、大方白けて退散である。こうなればお節としてはしめしめ。
てな訳で年が変わっても、一向に客は現れない。満を持してお節は雪を説得する。
「なあ、あんた、もういい加減飽きたやろ。この商売どの道あんたにゃ向いてへんちゅうこっちゃ。な、とっとと止めよや」
「ん、そうかもしれへんなあ」
雪の心も揺らぎ出す。ところがその矢先、遂に一人の客が現れる。百万円もOK、変態プレイもなしで結構。ありゃりゃ、お節は仕方なく、その男を宇宙駅へと案内する。
トントンと宇宙駅のドアを叩いて、お節が連れて来た客、その名は三上哲雄、五十五歳。関東を縄張りとする広域指定暴力団三上組十三代組長である。三上は無類の女好き、遊んだ女の数はざっと一万人は下らないという性豪。殆ど毎晩のように吉原を遊び歩いているから、吉原の遊女で三上が寝たことのない女はいないという強者。
そんな三上が風の噂に雪のことを小耳に挟んだから、じっとしていられない。宿敵麦山会との血で血を洗う死闘を無事潜り抜けた自分たちへのご褒美と、その足でエデンの東を訪ねた三上組御一行。下っ端共にはとっとと安い女をあてがい、自分はお節と交渉を済ませ今、のこのこと雪のいる宇宙駅のドアの前。
「あんた、お客さん連れて来たで。後はよろしゅう頼むわ」
三上を残して立ち去るお節は泣きっ面、遂に我が娘、手塩にかけたいとしい雪が自分と同じ娼婦の道を歩むなんて、しかもあんな野獣のような男の玩具にされ汚されるなんて、ああ情けないやら泣きたいやら。そんな気持ちをぐっと抑えて、諦める。
「ま、しゃないな」
で雪。宇宙駅にてひたすら待ってはいたものの、いざ実際に客が現れるとすっかり怖気づく。そこは十八の小娘、まじかいな、どないしょ。おっかな吃驚宇宙駅のドアを開けると、そこにはごっつい如何にもやくざ風というか正真正銘やくざのおっちゃん三上。ほんまお客さんや、間違っても救世主ちゃうわな、初っ端からこんなんかい、たまらんわ雪。
でも自分から決めたこと、今更撤回する訳にもいかない。ここはもう腹を括るしかあらへんと気持ちを奮い立たせ、
「いらっしゃい」
にこっと笑って三上を宇宙駅へと招き入れる。
さて、いよいよプレイ開始かと思えば然にあらず、実はもう一つここで客としての条件、最終且つ最重要なる秘密の関門てのがあり、それをクリアして初めて雪と遊べるのである。丸で注文の多い料理店、でその条件とは何か。この雪なる少女、多重人格などでは決してないが、実は得体の知れない何者かが取り憑いているのか時より彼女の内部で声を発するのである。条件とは雪が客と対面した時、その声がこう叫べば良し。どう叫べば『こいつをころして』と。雪はこの内なる声に対しても、お雪さんと名付け呼んでいる。
然して宇宙駅にて三上と対面した瞬間、雪の内部で呻くが如き声がする。間違いなくお雪さんが『こいつをころして』と叫んだのである。こうして遂に雪初めてのお客の登場と相成った訳である。
損なこととは露知らず、三上は雪を一目見るなりぞっこん。何だこの絶世美少女は。こんないい女今迄お目に掛かったことない、こりゃ流石上玉、百万でも安い位や。すっかり乗り乗りの三上組長、鼻息も荒く、柄にもなくにこっと微笑んで甘ったるい声。
「ねーちゃん、幾つ」
「十八」
「処女か」
「ちゃう」
「な訳ないなあ」
にたにたと一人上機嫌の三上。
「話によると、店主の婆さんの娘だと」
頷く雪。
「ちっとも似てねえな」
すると、
「捨て子やねん、雪」
あっさりと告げる雪。
「捨て子、ほう」
「ママが拾って育ててくれてん」
「ママてあの婆さんか、大したもんやなあ」
まっ、でもそんなこた、この際どうでもええと三上組長、さあさっさとその十八の生娘のナイスバディを堪能させろとばかり、雪の上着、下着をむしり取る。
「あーら、止ーめてえ」
雪の声も空しく、てめえもさっさとすっぽんぽんになり、行き成り雪の唇をば奪わんとするエロおやじ。その背中一面には流石お見事、豪華絢爛たる唐獅子牡丹やら鬼、龍神さんやらが所狭しと踊っている。
しかしここで雪、蛸入道の如き三上の唇をか弱きその掌で懸命に押さえつつ、
「な、お客さん、ちょっと待って」
「何だシャワーか、そんなもん要らん。若い娘の匂いを嗅がせろ、その方が興奮倍増だ」
「ちゃうちゃう、そんなんちごうて」
「じゃ何だ今更、邪魔すんな」
水を差され、幼子の如く不貞腐れの三上組長。そこで雪。
「実はな、大事な話があんねん」
三上の耳元にひそひそ囁く。
「うふっ、こそばゆい。ここ弱いのわし、止めてくれ。何だ大事な話て、勿体振らずにさっさと喋れ」
「分かってる。落ち着いて、よう聞いてや」
雪は改まり正直に告げる、言わば客への警告である。
警告。それは、
「実はな、言い難い話やねんけど、雪と寝たら、もしかしたら」
「もしかしたら、何だ」
雪の神妙な顔付きに、ぞくぞくっと悪い胸騒ぎの三上。
「ん、お客さん、死ぬかもしれへんで」
「はあ、何だ行き成り、今度は脅しか」
呆れ顔の組長。
「やれ百万出せ、変態プレイはご法度だ何だとさっきからさんざ御託並べといて、仕舞いにゃ私病気ですってか。ざけんな、この尼、こん畜生。こちとら忙しい身、てめえみたいな暇人に付き合ってなぞいらんねんだよ」
組長の怒りも御尤も。そこで雪は丁寧に、
「まあ興奮せんと、病気ちゃうから」
「病気じゃねえ、ほんとか」
「ほんま、病院の検査は全部陰性やねん、ほれ」
雪は、診断書を見せ医学的に潔白を証明する。
「じゃどういうこった。てめえさっき死ぬて、はっきりそう言っただろ」
「そやから雪も困ってんねん。雪自身は何も問題あらへん筈やのに、何でかな」
そこまで言うと再び三上の耳元に唇を近付け、ぼそぼそっと、
「雪と関係した男、みんな死んでまうねん」
「だあから、おめえが病気でもないのに、何で相手の男が死ぬんだよ。頭大丈夫か」
そこで雪は自らの秘密を告白する。今迄自分と関係を持った男、といってもその数は僅かであるが、はみんなその後必ず或る感染症となり、半月の内に一人残らず死亡してしまった、ということを。その感染症とは、桜毒である。
「桜毒か、そら厄介だな」
性豪だけあって性感染症にも詳しい、流石の三上も気が引ける。腕を組み、
「うーん」
考え込んで、けれど直ぐに閃く。
「あれっ、でも妙な話じゃねえか」
「何が」
「だからよ、もしおめえが原因だってなら、おめえが感染源詰まり桜毒ってこったろ」
「そやから不思議やねん」
「いーか、桜毒ていうのは感染すると半月もしたらみんな死んでしまうもんや。だったらおめえだって、とっくの昔にあの世行ってる筈じゃねんか」
「そらそやろ」
「また可愛い顔ですっとぼけやがって蛸。てめえがこうしてピンピンしてるってこた、てめえが桜毒でないって何よりの証拠じゃねえか、あほ」
「ま、そやけど」
「まーた、兎に角なーんも問題なし。ていうか作り話なんだろ最初っから。な怒らねえから白状しろ」
でも雪は必死にかぶりを振る。
「ちゃうちゃう、嘘ちゃうて。ほんまのこっちゃ信じて」
真剣な雪の眼差しに、
「分かった、分かった。だったら単なる偶然ってやつだろ。な、もうそんなに心配すんな。こちとら今迄世界中の女を相手にしてきた三上組組長様だ。中にゃ確かに病気の女もいたけど、ほれこの通り未だにピンピンしてるだろ、ピンピンのついでにビンビンだぜ。この三上様に限って今更桜毒で死ぬなんてこた有り得ねえ」
「けどお」
「よし、そうと決まりゃ、善は急げだ」
「けど、ほんま知らんよ、雪ちゃんと警告したからな。もし死んでも恨まんといてや」
念を押す雪。
「ああ、わしが全部責任持つ。もう我慢の限界や。さあ、さっさと楽しませろ」
言うが早いか、有無を言わさず目の前の甘ーい果実、雪のナイスバディにむしゃぶり付く三上。
「うう、やっぱ若いおなごはええなあ。活きが違う、匂いもちごとるよ」
その時お雪さんが、雪の心の中で再び叫ぶ。
『こいつをころして』
如何にも悲痛な声である。
後は性欲絶倫、野獣のような三上の攻めに、小娘の雪は一溜まりもない。組んず解れつ、終始ひーひー身悶えながら、何とか無事初仕事を終える。三上は一晩中雪の若い肉体をば弄び、思う存分味わい尽くして、
「もういつ死んでもええぞーーっ」
絶叫しながら果てる。
「お前は本当にいい女や、百年に一人の絶世美少女だ」
三上はぽんと百万円を払い、
「わしの女になれ」
「いやや、雪にはいい人おんねん」
といっても、救世主のこと。
「そうか、じゃしゃないな。また来月来るから」
そう言い残し、夜が明ける前に三上は宇宙駅を後にする。
ひとり宇宙駅に残された雪、一晩玩具にされた体はあちこち痛いし、何より眠い。三上の唾液やら体液やらにまみれた体をさあっとシャワーで洗い清めると、そのまま眠りへと落ちてゆく。生涯で初めての売春で精魂尽き果てたか、雪は死人の如く丸一日深い眠りを貪るのである。
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