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(小説)宇宙ステーション・救世主編(十一・三)

(十一・三)夢
 夢の始まりだけは、いつも同じである。夜明け前何処とも知れない場所に降り頻る雪、絶え間なく雪が降り頻る。けれど眠りの主はもう既に知っている、そこが何処かを。ただ夢の中の少女だけがまだそれを知らない。
 少女は高校二年。中学時代の不良仲間とは完全に縁を切り、将来に明るい夢を描き、真面目に勉学に励んでいる。加えて母思いでやさしく、服装や身だしなみに一点の乱れもない、目映いばかりの紺の制服に身を包む女学生である。聖書を学び、少しでも世の中の困った人の為に役に立つような、そんな仕事に就きたいと願いながら、日々高校生活をエンジョイしている。
 元々絶世美少女であり、年を増す毎に女としての魅力、色香も加わって、学園一の美しさ。周りの男子が放っておく筈がなく、常に男子の人気ナンバーワンである。なのに外見の美貌に一切関心を示さない少女は常にノーメイクだから、同姓からの受けも良い。家がソープランドという負い目も、この年頃ではむしろ珍しがられたり羨ましがられたりでマイナスにはならない。こんなふうに少女の人生は、一見順調そのものに思われる。
 ところが転機が訪れる。それ程までに魅力的な少女であれば、彼女にしたい、あわよくば関係を持ちたいなどと願う男子は星の数どころではない。中にはチャンスさえあれば、強引にでも我がものにしたいと野心を抱く輩もいる程。その中に少女のクラスメイトまりあの兄、高三の少年Cがいたのである。
 まりあと少女は聖書研究を通じて知り合った友人でり、少女はまりあの家に頻繁に足を運び、熱心に聖書を学んでいる。神について最後の審判について熱く語り合い、将来の信仰生活についても相談し合う、正に親友。その様子にただ少女に接近したい下心から、少年Cは興味もないのに妹と少女の聖書の勉強に加わってくる。
 時は冬休み、その日もまりあと少女と少年Cの三人で聖書の勉強会を開く予定で、少女は昼間からまりあの家へ出掛ける。ところがまりあの家に彼女は不在、いるのは少年Cだけ。
「あいつ直ぐ戻るって。だから先に俺たちだけで始めといてって」
 普段はまりあの部屋で行う勉強会を、今日は自分の部屋でと誘う少年Cに初めは警戒するも、親友のお兄さんなんだからと信じて少女は少年Cの部屋に上がる。
 二人切り。まりあの帰宅を待って、そわそわと落ち着かない少女。少年Cの方はといえばすっかり興奮状態、時折目と目が合ってもうどきどき。絶世美少女の魅力は、いとも簡単に十八歳の男の子の理性を奪い去るのである。聖書など初めから眼中になし、欲望の虜となって少女に襲い掛かる少年C。
「雪ちゃん、俺ずっと好きだったんだよ。ね、だからいいだろ」
「あかん、止めて。絶対あかんて」
 必死に抵抗する少女を、力ずくで抱き締める。
「ほんまあかん、死んでまうで」
「雪ちゃんとひとつになれるなら、死んでもいい」
「あほなこと言わんと、離して。な、お兄ちゃん」
 けれど少女の警告も虚しく、少年Cは少女の唇はおろか処女までも奪わんと、少女の制服を剥ぎ取り下着に手を掛ける。
「いやっ、ほんま止めてーーっ」
 少女の悲鳴とは裏腹に、お雪さんの方は今迄で最も激しく『こいつをころして』と懇願の叫びを上げる。
「あかん、もうお仕舞いや」
 少女の声は絶望のため息へと沈むばかり。
 欲望を満たし、理性を取り戻した少年Cは途端に怖気づく。青ざめた顔で少女に土下座。しかし時は既に遅し、たとえ少女が親友まりあの為にと少年Cを許したところで、既に少年Cの体内に埋め込まれた桜毒という時限爆弾を取り除く術は絶無。こうして少女は暴行被害というこれ以上ない悲劇の中で、処女を喪失するのである。
「はよ病院行って、検査した方がええで」
 少年Cに精一杯気休めの忠告を残し、少女はまりあの家を後にする。それから半月と経たずに少年Cは桜毒によって死ぬのであるが、まりあの両親はその死因を恥じて、誰にも口外しない。その為少女の周辺が騒々しくなることもない。しかし少女の心にはまたひとつ傷が増える。暴行を受けたショックも然ることながら、今更ながら自らの中に潜む男の劣情を煽る魔性と、男を死に至らしめる毒性とに恐れおののき、それでも逃れられず十字架の如く自らに背負うしかない少女である。
 少女の傷は深く、まりあを始めとする友人とも疎遠になり、将来を悲観。けれど相談出来る相手は誰もいない。唯一弁天川のほとりにひとり佇み、弁天川の流れに向かって問い掛けるのみ。
「どうしたら、ええの……」

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