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(小説)宇宙ステーション・救世主編(四・一)

(四・一)三人目の客
 春。まだ肌寒い日が続いてはいるものの、吉原の街も春の予感に舞い上がっている。月が替わりお節は、エデンの東の玄関に桃の花を飾る。加えて例年お節はこの時期、店の子たちの控え室にお雛様を飾るのを習慣としている。生活の為とはいえ、いつも激しい文字通りの肉体労働に耐える彼女らへの慰労と、稼がせてもらっている恩へのせめてもの感謝と罪滅ぼし、謝罪を兼ねてという訳である。
 エデンの東には派手な娘や美人など決していないけれど、若かりし頃のお節がそうであったようにぽっちゃり型でおっとり、情に厚い女たちが揃っている。ま、粒揃いといったところ。お節というママ、母親の如き存在を慕い集まったような娘たちばかり、言わばお節ファミリーとでも呼ぶべき和気藹々とした店である。
 その中にあって、絶世美少女の雪は異端である。お節の知り合い、店の子の間で、雪がお節の実の娘或いは孫だと信じている者はいない。年齢的に子供というのは無理があるし、容貌の違いからして血の繋がりがないことも容易に想像がつく。寂しきひとり身のお節のこと、大方養子でももらったのだろうという話で皆納得している。
 寒さもめっきり和らぐと、普段は訪れることのない客が吉原の街を闊歩するのも、この季節ならでは。卒業祝いに童貞を捨てに来る男子、地方から上京した新入社員の集団がぞろぞろぞろぞろ修学旅行宜しく押し掛け、華の都の花街巡りとくれば、吉原にとっては稼ぎ時である。といってもそういった輩は得てして上辺見せ掛けのケバさ、若さに吸い寄せられるもの。残念ながら玄人受けするよな渋い娼婦の揃ったエデンの東など見向きもされず、従ってお節の懐までは潤わないのが常。お節としては馴染みの常連客である近所のおじちゃん、おじいちゃん連中を相手に地道にやっていくしかないが、台所事情は決して楽ではなく、店のソープ嬢たちを何とか食べさせるので精一杯といったところ。
 そこへ思わぬところで先月、先々月と丸で臨時ボーナスの如く雪の稼ぎが転がってきたものだから、お節としては何とも複雑な心境。今でも雪に一日も早く商売から足を洗ってもらいたいという願いは変わらない、相手した客だってまだたったの二人。されど百万円も捨て難いとくる。でも物は考えよう、たかが月に一人の客程度やったらどうやろ。例えば芸能界のアイドルたちの枕営業みたいなもんちゃうやろか。そやったらどうってこともないんちゃう、などと微妙に割り切ってしまいたい近頃のお節でもある。
 当の雪は相も変わらず暇なのを良いことに、昼間は宇宙駅に閉じこもって新約聖書ばかりを繰り返し読み耽っている。夜は夜で例によって弁天川へと通っているけど、残念ながら子犬と少年には会えずじまい。それでも雪はがっかりせず、きっとまたいつか会える筈と信じている。なぜなら少年の言い残した「お姉さんをひとりぼっちにしないから」という言葉が、しっかりと雪の心を支えているからである。それに加え先月少年の子守唄を耳にしたあの晩から、少年の言葉通り不思議にぐっすりと眠れるようにもなり、もしかしたら雪の為毎晩何処かで少年があの子守唄を口遊んでいてくれるのではないかとさえ思えてしまう。
 そんなお節と雪の前に、またまた三人目の客が現れる、彼岸前である。客の名は和田英二、四十代後半とまだ若くそれだけに性欲も強い。職業は医者、メンタルヘルスの開業医である。和田がエデンの東を訪ね、雪を指名したのは一にも二にも好奇心、アブノーマルな刺激を求めてのことである。何しろ若い頃より金に不自由することもなく、一通りの女遊びも済ませてきた。日々の暮らしは倦怠そのものであり、余程のことがない限り最早快感を得ることは難しい。そんな和田がでは一体どうして雪のことを知り得たのかと言えば、実はこの和田も医者でありながら、なぜか三上や北の遊び仲間、謎多き闇の組織の一員なのである。
 三上と北の急死について組織内では既に大騒ぎとなっており、水面下で噂が囁かれる。どうやら二人共桜毒で死んだのだが組織によって保健所に圧力が掛かり届出が抹殺されたとか、三上も北も吉原の或る娼婦と遊んだ末に桜毒を発症したらしいがその娼婦自体はまだ生存しているとか。この噂話を小耳に挟んだ和田が尋常ならざる興奮を覚え、自分も是非その娼婦に会ってみたいと吉原のソープランドを巡り巡って、遂にここエデンの東に辿り着いたという訳なのである。
 お節に変態プレイは御法度と言われむっとするも、たまにはそれも新鮮で良いかもと渋々同意し案内された雪の宇宙駅。ドアが開いて一目雪を見るなり、女など星の数程も遊んだ筈の和田が脆くも雪にいちころ。胸はキュンキュン股間もビンビーンと張り詰めて、こりゃ百万でも二百万でも出しますよの舌なめずり状態。
 対して雪の方は雪で、和田と対面した瞬間矢張りお雪さんが確かに『こいつをころして』と発する。これで和田は雪の客として合格、商談は成立。
 でもちょっと待った、一応念の為ヘルスチェック、ヘルスチェックと和田御自ら持参した聴診器を用いて性病検査。というかさっさと雪の上半身を脱がせ、自分は白衣姿で早速お医者さんごっこのプレイのつもりでもいるらしい。
「あん、先生、くすぐったい」
 雪の体のいたるところに聴診器を当ててご満悦。
 で検査結果は異常なーし、ほんまかいな。
「良し。何にも問題ありませーん」
 和田自身のお墨付き。雪も、
「そりゃそや先生、安全第一。雪は三日に一度は必ず検査行ってまっさかい」
「ほう、そりゃ感心、感心。では安全確認が取れた所で早速」
 行き成り雪のおっぱいに唇を這わせようとする和田を押しとどめ、
「先生、ちょっと待って。検査結果は確かに問題ないんやけど。吃驚せんといて、実はな……」
 例によって雪は警告を発する。
「桜毒かあ」
 話を聴いた和田は腕組み。矢張り三上と北の噂は本当だったか。ぞくぞくっと死の恐怖に怯えるも、目の前の絶世美少女雪の魅力には敵わない。むしろ死の恐怖と隣り合わせの快感、未体験ゾーンの興奮が全身を貫いて、和田は無条件降伏。こんないい女と寝て死なねばならないなら喜んで死のう、僕の人生この子に捧げちゃう。それに良く考えりゃそもそもこの子自身こうして死んでないんだから問題ないんじゃない、きっとあの二人は老いぼれ爺さんだったから免疫機能が低下してたのさ。それに、それに何たって僕は名医、医者なのだから大丈夫。そんな根拠のない自信に支えられ、雪と交わる決意に至る和田。
「そんなに心配なら、念の為精密検査してみよう」
 とか何とか今度は雪の下半身を脱がす。
「ちょっと先生。精密検査て、こないなとこでも出来んの」
「当然さ、僕は名医なんだよ」
「でもどないすんの」
「詰まりきみの場合バディには何ら問題ない。だから何処か精神に異常をきたしていないか僕お得意のメンタルチェックをして上げようって訳。さ、じっとしてて」
 で何するかと思えば、しっかりと雪の下半身に聴診器を当てる和田。
「メンタルて先生、そこ、雪のメンタルちゃうよ」
「何言ってんだ、ここがきみのメンタルの中枢部分じゃないか」
 はあはあと、鼻息も荒い和田。
 最早和田の欲望を止める術はなし。もうこれ以上我慢出来んと聴診器をかなぐり捨て、今度は自分の舌と唇とで雪の下半身を弄ぶ。
「あん、先生ちゃんと診てはんの。でもなんか雪、変な気持ちなってきた、あん、あーん。駄目、先生」
 雪の呼吸が乱れる。和田も、
「僕もだよ、もう我慢の限界だ。メンタルチェックは一旦中止」
「中止て」
 遂には白衣も脱ぎ捨て、素っ裸になる和田。
「ほんま知らんよ先生、どうなっても。雪はちゃんと警告したで」
「ああ大丈夫、だってきみは何も問題ないじゃないか。至って健康、ちょっと淫乱の気があるがね、注意し給え」
 にやける和田にとうとう観念する雪。
「先生がそう言わはるなら、しゃない。もうどうでも好きにして先生」
 待ってましたとばかり、雪の肉体にむしゃぶり付く野獣の和田。その時雪の内部ではお雪さんの声が響く。
『こいつをころして』
 すると雪は何者かに操られるが如く、ただもうその声に身を委ね、男を手玉に取る最強淫乱女と化す。
 和田は一晩中、
「ああ、もういつ死んでもいい」
 などと口走りながら、小娘のように幾度となく昇天する。その姿は哀れ廃人のようでもあり、ただの阿呆でもある。しかしそれも無理はない。なぜなら雪は一人また一人と男を相手にする度に、男を悦ばす魔物のようなテクニックをば無意識のうちに磨き上げているからである。
 そして和田にとって夢幻、楽園の一夜が終わりを告げる。夜が明け、まだとろーんと快楽の余韻に浸りつつ、
「また来月来る、絶対来るからね。マイラヴ、僕の雪」
 などと他愛ない別れの言葉を告げ、宇宙駅を後にする和田。その背中を見送った後、雪は疲れ果てた体を引きずりシャワーを浴びる。体中を洗い清めた後はただ眠りへと落ちてゆくばかり、何処から飛んで来たものか桜の花びらが宇宙駅の窓に当たっては落ちてゆくその姿にも気付くことなく。

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