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(小説)宇宙ステーション・救世主編(十二・五)

※過激、不快と感じる表現あります、ご注意を。
(十二・五)狂った宴
「さあ、邪魔者は片付けた。改めて儀式を行う」
 佐端の声に、再び少年を取り囲む男たち。男たちも全裸となり、儀式の開始である。少年の体を弄び辱め汚し、男たちは快楽に酔い痴れ、交代交代少年へと自分たちの体液を浴びせ遂には果てる。彼らにとってこれ以上ない至福の時である。しかし儀式はこれだけに終わらない。むしろこれからが生け贄の儀式の本番なのである。
「では同志、準備は宜しいか」
 佐端の号令に、
「ああ、抜かりなし」
 男たちも声を揃える。いつ準備したか、男のひとりがビデオカメラを構える。加えて佐端の手にはサバイバルナイフ。さあ、ビデオスタート。佐端はきらりと光るナイフの先端を、少年の目の前に突き付ける。
「どうだ、恐いだろ、坊や」
 ところが少年は落ち着いたもの。
「おじさん、そのナイフでぼくをどうするつもりなの」
 そんな少年の姿を一瞬たりとも逃さすことなく、ビデオカメラは回り続ける。
「こうするのさ」
 少年の頬に十の文字を描くように、ナイフの先で切り付ける佐端。少年の頬から血が滴り落ちる。
「ほら、痛いだろ、坊や」
 佐端の顔は額に血管が浮き立ち、目は充血、頬の筋肉はぴくぴくと痙攣し、これで頭に角があれば正に悪魔の容貌である。ところが、
「ぼくをどうするつもりなの、ぼくをどうするの」
 少年は表情ひとつ変えず、繰り返し問うばかり。
「ええい、うるさい。だからこうするんだよ」
 佐端は床に落ちていた少年の白い開襟シャツを拾い上げ、ナイフでずたずたに切り裂いて見せる。
 それでも冷静な少年。
「ぼくを殺すんだね」
 はあ、何だこのガキ、本当に恐くないのか、それともただのばか。無言の佐端に少年は尚も問う。
「その様子をビデオに録画するんだね」
「ああ、そうだ」
「そしてそれをみんなで見るんだね」
 笑みさえ浮かべる少年に遂には圧倒され、佐端は吐き捨てるように答える。
「ああ、そうだよ坊や、良く分かってるじゃないか。でももう少し恐がってくれないと、おじさんちっとも面白くないなあ」
 薄笑いを浮かべ、少年を睨み付ける佐端。
「お願いがあるの、おじさん」
「何だい」
「ぼくならいつ殺されてもいいから、あの子に御飯を上げて」
「あの子」
 力なく床にうずくまる子犬である。
「あの子もうお腹ぺこぺこで、死にそうなんだよ」
「ああ、そうかい、分かった、分かった。では飛び切り上等の御馳走を与えて上げよう」
「有難う、おじさん」
 ところが子犬に与えられたものは、鞭の拷問。元より弱っている子犬は為す術もなく、ただ打ちのめされるばかり。
「何するの、止めてよ、死んじゃうじゃないか」
 けれど少年の言葉も空しく、子犬の動きは止まり、そのまま眠るように息絶えてしまうのである。
「酷いよ、おじさんたちったら」
 悲しげに子犬の亡骸を見詰める少年、ところが不思議なことを口にする。
「せめてその子を助けてくれたなら、少しはおじさんたちの罪も軽くなったろうに」
「はあ、何だと、罪がどうしたって。何を訳の分からんことを言っているのだ」
 佐端の目がきらりと光り、少年を捕まえる。
「さあ、いよいよ今度は坊やの番だよ。覚悟は出来ているようだね」
 それでも矢張り顔色ひとつ変えず、目の前のナイフの刃を見詰めながら、少年は問う。
「おじさんたちは今迄ずっとこんなふうに、子供たちに酷いことをして来たんだね」
「何」
「たくさんの子供たちを殺し、それをビデオに撮って来たんだね」
 佐端を見詰め返す少年。
「しかも、日本はおろか世界中の少年少女たちを」
「ああそうだよ。良く知ってるね、坊や」
「そして子供たちが殺される姿を、みんなで観賞して来たんだね」
「そうだよ」
「何の為に」
「何の為だと。我らの敬虔なる儀式の生け贄の為さ。儀式の成功と祝福によって、良いか、我らの魂は至福へと到達するのだ」
「至福とは天国か、はたまた地獄のことであるか」
「なにーっ」
 じっと少年を見詰める佐端。
「きさま、さっきから聞いていると、とてもただの子供とは思えぬ言動の数々。一体お前は何者だ」
 しかし佐端には答えず、如何にも穏やかなる心持ちにて、ゆっくりと部屋を見回す少年。倒れた雪、息絶えた子犬の亡骸、それから再び佐端へと視線を戻すと、少年は口を開く。その声はけれどボーイソプラノでは決してない、重々しき成人のそれである。
「何たる無情……、悪も遂に、ここに極まり。よって……」
「よって」
息を呑む佐端。祈りの言葉の如く、後を続ける少年。
「救世主は、最後の審判を決意する」
 うわっはっはっはっは、うわっはっはっはっは、狂人のように笑い出す佐端。
「これが笑わずにいられるか。救世主だと、何、最後の審判。あほか、ちゃんちゃら可笑しいわ」
 きょとんとして、佐端を見詰める少年。
「こら坊主、さっきから何を訳の分からんことをほざいておるのだ。そんな声色など遣いおって生意気な。何か、ではお前が救世主だと申すのか」
 しかしそれには答えず、少年は元の声に戻って、
「さあ、おじさん。ぼくを殺すんでしょ」
 如何にも、とナイフを構える佐端。
「言われなくてもお望み通り、とっとと地獄に送ってやるわ。さあ、死ねーーっ」
 どきどき、どきどきっ、叫びと共に佐端は、躊躇うことなく少年の胸をずぼっと一突き。どきどき、どきどきっ、どきどき、どきどきっ……。少年の鼓動が停止する。少年は目を瞑り床に倒れ、そのまま息絶える、すやすやと眠るが如くに。ビデオカメラはその一部始終を逃さず、確かに捕らえる。
 少年の死を確かめると、絶叫する佐端。
「グラサス ア デウス。良し、完成だ。これまでにない最高傑作だぞ」
 早速ビデオ観賞会へと移る佐端たち一同。いざ、再生スタート……、ところがモニタ画面には何も映らない、ただ砂嵐が延々と続くばかり。
「何だ、どうなっているんだ」
「妙だな」
「故障か、失敗か」
「ええい、最高の生け贄だったのに。くっそーっ」
 がっくりと肩を落とす男たち。
 ところが僅かに一箇所だけ、少年の声の再生される部分が見付かる。従ってまんざら失敗でもなかったようではある。不思議に思って幾度となく再生してみるも、矢張り結果は同じ。その唯一ビデオテープから流れ来る少年の声とは、「救世主は、最後の審判を決意する」である。

 狂った宴の後、例によって三上組に少年と子犬の遺体処理を依頼すると、そのままお化け屋敷を後にする佐端たち。雪はまだ気絶したまま。時は既に真夜中、お化け屋敷内部からは拝めないが、空には満月が照り夜の闇を照らしている。満月の光はお化け屋敷の屋根を透過し、無風の筈のお化け屋敷内部に於いて、なぜにか一陣の風へと化身するのである。
 風は、既に他界した少年の頬を撫でる。するとあたかも息を吹き返したかの如く、少年は立ち上がる。といってもその姿は幽霊の如く無色透明であり、輪郭だけが薄っすらと大気中に描かれているといった具合。次に少年が永眠したる子犬の頭をそっと撫でる。すると子犬も同様に起き上がる、無色透明の子犬である。
 子犬と少年はそのまま宙に浮き、雪の頭上より、横たわる雪をじっと見下ろす。すーっと少年の目から涙の滴が零れ落ち、本来それも無色透明なれど、大気中を通過しやがて雪の顔に到達する間際、水分を帯びる。ぽたっとそれは雪の瞑った瞼の上に落下し、驚いた雪は意識を取り戻す。
 その瞬間子犬と少年はいつものようにふたつの小さな光と化して、雪に気付かれる間もなく上昇を始め、上昇を続け、風船の如くお化け屋敷の天井にまで到達する。到達したかと思うとそのまますーっと天井と屋根とを透過し、尚も夜気の中を上昇し続け、天へ天へ銀河へと昇り、やがてふたつの流星となって銀河の中をいずこへと流れ去る。
「にいさん、宇宙船ちゃう」
 ふっと宇宙船の気配を感じ、声を発する雪。部屋を見回せど、子犬と少年の姿はない。床にあった筈の亡骸も今はもう消失しているから、雪は未だ彼らの死を知らない。
「な、にいさん、宇宙船ちゃうの」
目の前にいない少年へと問い掛ける雪に、「ワン」と答える子犬の鳴き声が聴こえる気がし、また「うん」と頷く少年の顔も浮かんで来るようである。しかし今、雪はひとりぼっち。
 自らの頬が水分に濡れているのを指で確かめ、なぜ濡れているのかと訝しみながら立ち上がり、雪はお化け屋敷の天井を見上げ目を瞑る。見える筈のない宇宙船の光を、その目にとらえようとするが如くに。
「な、にいさん。今夜は何処停まりはんの、宇宙船」
 今迄がそうであったように、そして雪は少年の空想へと吸い込まれてゆく。

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