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(小説)宇宙ステーション・救世主編(八・二)

(八・二)夢
 夢の始まりはいつも同じである、夏とて変わらない。夜明け前、何処とも知れない、ただ雪の降り頻る景色。夏の夕立や激しく窓を叩く雨だれの如く、雪にも音があれば良いのにと少女は思う。お雪さんはほんま無口なんやなあ、それとも恥ずかしがりやさんやろか。
 少女は中学二年。相変わらず男子に人気があり、通う中学は元より他中学の生徒、高校生までもがナンパして来る始末。だから渋谷、原宿、新宿など東京の繁華街に出れば、ナンパは勿論、モデル、タレント果てはAVのスカウトまでしつこく声を掛けて来るからうざったい。少女はすべてしかと、どんなプレイボーイも相手にしない。少女は同年代の女子が興味を抱くものに殆ど関心がなく、大人びていて何処か冷めている。
 学業の面も相変わらず真面目で優秀な成績を堅持してはいるが、不良グループとの付き合いも続けており、クラスから一目置かれる存在であるのも変わらない。男嫌いはなくなった少女であるが、かといって男を好きになることもない。今もって男にも恋愛にもまったく興味が湧かない。しかし同年代の子たちは異性に興味があるし、恋愛もしたい。不良グループの中でもカップルが出来てきて、彼女のいない不良少年は肩身の狭い思いをしている。
 不良グループの中にAという少年がいてまだ彼女はいないが、少女とは割りと仲が良い。といっても少女にとっては、あくまでも友達、弟のような存在。その少年Aが少女に交際を申し込み、少女としては興味はないが断る理由もないので、とりあえず付き合いを始める。少年Aとしては口付けやそれ以上の行為に及びたいのは山々なれど、少女が嫌がるので我慢している。
 時はクリスマスイヴ、少年Aと少女は不良グループから離れ、二人切りでデート。ゲーセンや食事など、しばらく繁華街でぶらぶらした後、少女は誘われるまま一人暮らしをしている少年Aのアパートに上がる。そこで少年Aは思い切って少女の唇を求める。咄嗟に少女は迷ったけれど、あんまり断ってばかりも悪いと思い、つい口付けだけならと、生まれて初めて唇を許してしまう。
 ところがその時、突如少女は自分の中に得体の知れない何かを感じて驚愕する。この感覚もまた生まれて初めての経験である。そしてその得体の知れない何かは少女の中で、少女に向かってこう叫ぶのである。
『こいつをころして』
 内なる声、しかもそれは何とも言えない苦しみもがくが如き、苦悩と悲痛なる叫びである。嫌悪と恐怖に、思わず少年Aに飛び付く少女。我に返って直ぐに少年Aから身を離すも、動揺は治まらない。
「ごめんな。なんか急に気分悪なったから、帰るわ」
 そう告げ、少年Aのアパートを出ると、まっ直ぐに少女が向かったのは川。
 夜の河原にひとり佇み、何とか混乱が静まるのを待って、少女は自らへと問い掛ける。
「あんた、誰」
 けれど答えはない。確かにさっき自分の中で叫んだ、内なる声は沈黙したまま。けれど決して気のせいとか空耳とも思えない。あれは一体何やったんやろ。
「しゃない。ほならきっと、お雪さんやな。な、お雪さん」
 少女は自分の心へと語り掛ける。こうして少女は得体の知れない内なる声を、お雪さんと呼ぶようになるのである。
 ところが少女を襲うパニックは、これだけに止まらない。それは年が明けた一月初旬、突如少年Aが死んでしまうのである。クリスマスイヴ以降何となく少年Aを避けていた少女は、不良グループの仲間からそのことを知らされ仰天する。けれど詳しい事情、死因は彼らにも分からない。この時少女はふと、少年Aの死は自分が原因なのではないかという漠然とした不安に駆られるのである。もしかしたらあの声『こいつをころして』の、詰まりお雪さんが少年Aを本当に殺してしまったのではないかと……。
 はっと目を覚ます雪。
「お雪さん」
 ぼんやりと呟いてみても宇宙駅にいるのは雪ひとり。
「こら出て来い、魔女」
「俺を逝かせてみろ、この殺人娼婦」
 固く閉ざしたカーテンの隙間からおっかな吃驚外を覗くと、相変わらずマスコミと野次馬の罵声が飛び交う吉原の街である。

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