都知事選に思う

タブーは、あるカタストロフが残酷すぎる時に生まれるのではない。その逆で、タブーや沈黙が生まれるからこそ、カタストロフは耐え難いものとなるのだ。沈黙は生に困難をもたらし、それはある世代から次の世代へと受け継がれることがある。

関口涼子「ベイルート961時間」


自宅療養84日目。4:00起床。今日も殺人的な暑さ。朝から筋トレとストレッチをし、とにかくふくらはぎ、真っ先にふくらはぎと念仏のように唱えながらリハビリ。日が登ってから掃除をし、洗濯もして一服する。まだ6:00前。

都知事選の得票数を調べてから、SNSや動画サイトで様々な考察を読んでいく。選挙は人の欲望が露骨に可視化されるので面白くてしょうがない。宣伝、マーケティングの要素や、人が取り込まれていく様子、宗教的な雰囲気、様々な喧嘩もあり極上のエンタメだ。ある候補者の支持者たちはエコーチェンバー現象によって、かえって候補者の足枷になっていると思ったり、若者よ投票に行け!とずっと言ってていざ投票に行けば、何であんな奴に投票するんだ!と怒ったりする奴もいる。もうめちゃくちゃである。人間の愚かな部分も浮き彫りにする人生劇場。それが選挙である。

蓮舫陣営のRのTシャツとステッカー、共産党の名前が入ったビラはマイナスだと思う。最後のダンスもズレてるかな。あと個人的には1人でスタンディングする方々も気になった。もちろん応援したい思いが募っての行動だと思うし、それを非難することはできない。ただ、プラカードとスタンディングって何だかデモを思い出させる。デモも民主主義においては有効だが、今回は選挙で、しかも無党派層のライトユーザーをどれだけ投票に来させるか、どれだけ自分に入れてもらうかが鍵だ。無党派層で普段選挙に行かない人がデモに行く確率って低い気がする。ならばデモを想起させるような行為は、逆効果になってしまうのではないか。少なくとも自分はそう感じた。スタンディングするならせめて、選挙に行こうだけのメッセージのほうがよかったかと思う。そこに思想を滲ませると、ああ私らには関係ない候補者ねと意識の外に置かれてしまう可能性があるので。

個人的には現職を落とせれば誰でもよかった。まずは大枠を変える。その後に当選した新市長を観察していけばいいと。だから石丸さんの人気が急上昇して蓮舫さんも頑張ってるのは好ましかった。何とか小池票を削って、三つ巴の接戦になればいいなと思ってた。結果は残念だったが、今後の選挙のやり方がガラッと変わるだろうという予感と、立憲に代表される時代とズレた老害達はもう前に出ても意味がないことがわかったのが収穫。蓮舫さんは優秀なブレーンを置いて復活してほしい。切に願う。

あとマスコミのインタビューの酷さが、石丸論法のおかげで浮き彫りになったね。主語のデカい思いつきのそれ聞いてどうすんの?という雑な質問。中にはちゃんとした質問をした人もいたけど、体感では7割が意味がない。これじゃ候補者たちが不憫だ。他の候補者はよく怒らずに答えられるな。それが大人と言われればそうだけど、死ぬ気で闘った候補者たちに対して失礼だと思う。しかもほとんどが落選するのだ。最低限のマナーと、的を得た質問くらい用意すべきではないか。

もう10年以上TVを持たない生活をしているが、圧倒的に正しかった。今回の選挙はYouTube勢が頑張っていて、様々な討論番組が流れていて質も高かったし。特に中田敦彦のインタビューは面白かった。蓮舫さんの回。政策と人となりがきちんとわかって、彼女に対する印象も良い方へ変わった。やはりこのぐらい時間をかけないと引き出せないよな。TVの連中はどう思ってるのだろう。納得いかないならみんな飛び出しちゃえばいいのに。

石丸さんはその受け答えのせいで一気に批判の声が上がっているが、その本質がわかってくるのはこれからじゃないかな。あれだけでよくこんなに批判できるなと思う。後出しジャンケンも醜いし。何か条件反射だけで非難してるように感じる。これに負けず頑張ってほしい。みんな自分のことを差し置いて文句ばかり言うけど、態度は別にしても受け答えの内容は正しいと自分は思う。

スポーツもそうだけど、人がその全てをかけて闘う姿は美しい。

真っ当な人が自由に政治活動ができる社会になることで、少しづつ良い方向に変わってくれればいい。手遅れにならないうちに。



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