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小説-file4「心が軽くなるかもしれない扉」

シリーズ化しています。
続きです。

 とっしゃんの昼下がり


 「ぷっはぁ~。ふ~。」
ビールを片手にふらふら~ふらふら~。とっしゃんこと敏夫は、今日は真っ昼間から赤い顔をして飲んでいる。いつもなら夜を飲み明かし、昼まで寝ている。
「お~っ。誰か~。もっと酒~。くっそ~。なんだってんだ~。」
訳の分からないことを叫んでいる。駅の裏通りで唯一目に留った青い扉。
「心が軽くなるかもしれない扉」
なんだこりゃ。バーン。カランカランカラン。足で蹴って扉を開けた。
「おーい。酒くれー。」
「いらっしゃいませ。こんにちは。ごめんなさい。こちら飲食店ではないんです。ただ、ゆっくり休まれたい方、お話がしたい方の為のお部屋です。一時間千円です。それでもよろしかったら、どうぞ、お休みになっていって下さいね。」

ここの部屋の女性は落ち着いた表情で言った。

「飲食店じゃなきゃ、なんあんだよー。ふざけたこと、言ってんじゃねぇよ!」
「しけたこと、言んじゃねぇぜ。酒ぐらい、あんだろ。」「立ちっぱなしもお疲れでしょうから、どうぞ、お掛けになって下さい。」
敏夫は椅子を勧められて座る。
「お昼間なのにさー、なんか、暗くねぇかぁ。まぁ、いいか。俺には、暗がりの方が良く似合ってる。なぁ。」「はぁ~。世間の奴らはよ~せこせこ働いてやんの。バッカみてぇだよな~。」
等など、くだをまく。
「お客様、お酒は無いのですがよろしかったらどうぞ。」上品な茶托に有田焼きのお湯のみ。
「なんだよ。お茶かよ。せっかくお酒を飲んでるのによぉ。酔いがさめっちまうじゃねぇかよ。バッカじゃないのか。ちっ、つまんねぇことすんなよ。」
「ただのお茶ってことは、ないんですよ。」
「はぁ~あ?うっ、すっぺ。なんだよ、こりゃ。」
「梅醤番茶です。梅とお醤油とショウガと番茶です。」「くっだらねぇなぁ。」
「じゃあ、こちらはいかがですか?」
「うん?ぜんざい!!いいじゃねぇかぁ~。おら~、ぜんざいは大好きなんだよー。」「おっ、う、うめぇ。こっ、この味!、、、お袋の味と一緒だ。そうそう、塩をちょっこと入れてさ、あー、これこれ、餅じゃないんだよ。小麦粉練ってるやつだよな。おめーさんも、苦労してんだな。おらんちも貧乏だったからよぉ、お正月しか、お餅、食べれないんだよな。う~ん。うめぇ。おっ、塩っぺもあんのかよ。こりゃいいわ。気がきくね〜。おかわりあんの?わりぃね。」
それから敏夫は、三倍おかわりした。敏夫は酔いもすっかり冷めていた。

 

「お客様の子供時代のお話や、武勇伝、聞かせてもらえませんか?」
「えっ、武勇伝?そらなぁ武勇伝の一つや二つ、あらぁなぁ。そいと、俺は敏夫っていうんだ。とっしゃんって言われてたからよぉ、とっしゃんでいいや。」
「とっしゃんさん?」
「とっしゃんさんって、何だよ。」
「じゃあ、としちゃんで。」「としちゃん!としちゃんて呼んでくれたのは、お袋と女房だけだ。久しぶりだな~。嬉しいなぁ。」
「俺の親父とお袋は駆け落ち結婚だったんだ。親父は次男だし、おばぁもあきらめたんだろうよ。俺が生まれる頃には、本家の近くに小屋みてぇな家用意して。地元に帰ったんだ。親父は兄貴の鉄工所に勤めてたな。お袋は、おばぁや、小姑によくいびられてたんじゃないかな。大人しいお袋でよ~。優しかったんだ。親父が四十二の厄で倒れて、お袋が近くに出来た工場に働きに出るようになった。俺は悪がきさ~。後輩がよその学校の連中にメンチきられたって聞くと、代わりに出ていって、ボコボコよ。センコーが気にいらねぇって、車ひっくり返したり。お袋、よく泣かしたな~。可哀想なことしたで。病気になってあっという間よ。死んじまった。」「おかぁちゃん、、、会いてぇなぁ~、、、何でだろう。涙が出るや。」

 

「ねっ、としちゃん。お腹空きませんか?おでんがあるんです。ご一緒にいかがですか?」
「おっ、お~いいのかい?あんた、儲け、無いで。」
「はい。たまには誰かと食べる食事もいいかなぁ~って思って。ただし、お酒は無いので、番茶で勘弁して下さいね。」
女性は軽くウィンクをした。敏夫にとっても誰かと食べる食事なんて、何年ぶりだろう。敏夫の勤めていた町工場が倒産して、生活の為、あちこちで借金をして、段々みんなから避けられるようになった。自分の唯一の味方だった女房も病気で亡くなり、子供の居ない敏夫は、全てがもうどうでもよくなった。生活保護をもらいながらの、誰とも話さない日々ばかりが流れていく、ただ息を吸っているだけの生活だった。


「ここのお部屋の匂い、おでんと合わないので少し、窓開けますね。」
外の空気がすーっと入ってきた。いつの間にか外は夕闇に包まれる頃だった。

「うんめぇ。なんだよ、この大根、しみてるな~。身にもしみるで。」 
「としちゃん、随分、褒めて下さるんですね。」 
「俺もあんたも、もっと食べなきゃだめだ。うん。うん。」
ほっそこい女はだめだ。すぐ、死んじまう。敏夫は細い女が好みだ。敏夫の妻も細かった。母親も細かった。細い女には、用心しなきゃなんない。

二人でおでんをつつきながら笑った。楽しかった。美味しかった。こんな気持ちになったのはいつぶりだろう。まともにご飯を食べたのは、数年ぶりだ。誰かと食べるご飯がこんなに美味しいことを、随分忘れていた。泣けた。笑いながら泣けた。あれっ。女も泣いている。酔ってもいないのに、酔っている。すんごく、心地がいい。
「あんた、俺の事、怖くないんか?」
「?はい?としちゃんは、優しいお人ですから。」
「あんた、こんなとこ置いとくの、勿体ねぇな。飲み屋のねえちゃ、、、あっ、わりぃ。わりぃ。あんたは、ここがいいんだよな。」「なんか、あんたにしてやれる事、ねえかな?」 
「一期一会。今日、ご一緒出来たことで十分です。それとも、用心棒になっていただこうかしら。」
女はくくっと笑った。
「用心棒?お安いごようよ!、、、いや、あんたに用心棒は必要ねぇ。おらの事も手なずけてしまうんだからな。」


「ごっとさん。帰るわ。」「、、、また、来てもいいかな。扉、悪かったな。」
「いいえ。としちゃんがおけがされていなかったら、それでいいんです。ふふっ。じゃあ、としちゃんに宿題。」「明日朝一番、カーテン開けて、朝日浴びて下さい。としちゃんに、としちゃんからの贈り物です。」

 

敏夫の足下は、もう、ふらふらしていなかった。

なんか、魔女みたいな女だったな。うん?俺は魔女の部屋に行ったんかな?あ~竜宮城行ったんは誰やったっけ?一寸法師?浦島太郎?昔話を思い出していた。そうだ。今夜は早く寝ないと。
「明日、朝一番、カーテン開けて、、、。」
女の声が聞こえた気がする。宿題しないとな。

夜風がとても心地いい。

おわり

誰かと出会ったからといって、すぐに人間変われる訳ではない。だからこそ、一瞬でも心が動いたら、それはとても素敵なことかもしれない。

ただ、いつも、心の隙間にいいことばかりが入ってくるわけではない。

そんなものなのです。




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