一瞬で読める滑稽なお話⑧千円札の落とし物
俺は仕事の帰りいつもの安いスーパーに行く。家に帰っても誰もいない。親父とお袋が亡くなってからはずっと一人暮らしだ。現場の仕事で喋る奴もいない。ただ、一本の缶ビールとほんの少しのつまみがあればそれでいい。それ以上でもそれ以下でもない俺の人生。
いつもの様に缶ビール一本と、惣菜の焼き鳥を袋に入れていると、
「すみません。落とされました?」
三十代ぐらいだろうか。なかなか可愛い女が声をかけてきた。手には千円札。今、隣にきたとこらしい。
「えっ、え〜っと。そうかなぁ?俺かなぁ?」
俺は俺ではないことはわかっていた。だって、千円札だけ握って買い物にきたから。
でも、ラッキーだ。
「ほほん。ありがと。」
思わず顔が綻んでしまった。
女は
「良かったです〜。」
っと、ニコッと笑顔で見送ってくれた。
ふ〜ん。俺にもこんな、いいことがあるんだ。しかも、拾ってくれた女が可愛いかった。俺の人生も捨てたもんじゃねぇなぁ。得したな〜。
その夜の缶ビールと焼き鳥は美味しかった。
しばらく、変わらぬ日々を送っていたが、いつもの様に缶ビールと、その日は、タコワサを持って、レジの順番を待っていた。下を向いていると、千円札がヒラヒラと落ちてきた。
うん?又、ラッキーかい?
代金を払っている客は気がついていないようだ。
千円札を拾って顔を上げた時、母親に抱かれている赤ん坊と目が合った。じーっと、こちらを見ている。
ちっ、こっちを見るんじゃねぇよ。
母親は赤ん坊を抱いたまま財布を閉まって、カートを押して大変そうだ。
「よしよし。ちょっと待ってね〜。」
話しもしない赤ん坊に声をかけている。
ふと見えた横顔が、あの時の可愛い女とよく似た顔だった。ドキッとした。
思わず、
「あ、あんた、金、落としたよ。」
っと、声をかけていた。
「え〜。ほんとですか。気がつきませんでした。ありがとうございます。助かりました。」
笑顔でお礼を言ってくれた。
赤ん坊にも、
「ねっ。良かったね。親切な方に拾ってもらったね。」
っと、声をかけている。
俺の人生で、こんなに感謝されたことなんか、あったっけ!?ふ〜ん。気持ちがいいや。俺、いいことしたな〜。俺って、めっちゃ、いい奴やん。
その日の缶ビールとタコワサは一段と美味しかった。