私のスマホ写真で振り返る今年のイベント体験 2023 【8月-その2】映画「怪物」・坂本龍一
最初のシーンを、全神経を集中して見るようにしている。映画はファーストシーンに最大限の力を注いでいる、確か映画監督の西川美和が、著書の中でそう語っていた。
この映画が、まさにそんな映画だった。映像だけでなく、音がキーになっている。音楽担当は坂本龍一であり、彼はSEにも関わっているのではないかと思われた。いや、音が緻密に計算された映画だからこそ、彼は参加したのかもしれない。
彼にとって、これが最後の映画になったのだろう。そんな思いでこの映画を見たとき、彼が主人公に自分の少年時代を重ねて映像を見つめて、微笑み、涙を流し、そして凛とした気持ちで音をあてた時間が目に浮かんだ。
彼が3月に去ってから5カ月。彼がいないことを認め難かった私が、8月になってやっと彼を悼む気持ちになった。
🔷「怪物」 場末の映画館で
見たいと思った時には、近くの映画館ではやっていなかった。電車で、遠くの場末の平凡な映画館に行った。
スクリーンに没入しながら、少年時代には抑えられないいびつな自我があった感覚を、思い出した。そして、草の匂いの中を走りながら、そんな時代は過ぎ去っていき、戻らない。戻ることなく、時は前に進んでいくんだ。
映画館を出る時、明日もう一度、今度は彼がサウンドプロデュースをした映画空間で、この作品を見ようと思った。やっと彼を悼むことができる気がした。
彼が亡くなった17日後に、そのビルは開業した。
歌舞伎町タワーの109シネマプレミアム新宿。
🔷「怪物」109シネマプレミアム新宿で
上映は、平日の午前中の早い時間だった。
初めての場所に行くからだけではない、なんだか告別式に行くような緊張感があった。
空は淋しげな灰色で、時々大粒の雨が顔に落ちて来た。
彼がこの映画館のサウンドプロデュースをした理由のひとつは、彼が青年時代をこの街で過ごしたからだろう。
新しい道路が新宿御苑の一角を削る計画に反対したのも、外苑の木を切るのに反対したのにも、同じ理由があると思う。彼が通っていた学校はこの街にある。そして、そこは私の出身校でもあった。
あれから何十年も経ってから、何度もこの街に来るようになった。
街が懐が深いから、悪も欲望もキラキラしたものも、すべてを飲み込む街。
過ぎていく時代も、その時々を生きている私も、その中にいる。
飲み込む街として新宿を描いているのは、新海誠監督のいくつかの作品。
「言の葉の庭」も、私がかつてその中で過ごしていた風景。
🔷「CODA」109シネマプレミアム
何日か経ってから、もう一度行った。
彼を撮ったドキュメンタリー「CODA」を見たかった。
そこには彼の肉声があった。
たぶん自らの終わりに気づいている言葉。
その時に何をするか。何を残すか。
生き様を見せてもらった。
開くことができなかった彼の遺作「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」。
今日、ここでだったら読めるかもしれない、と思って、カバンの中に大切にしまって、持って行った。
何度も窓の外に目をあげながら、最後まで読んだ。
彼が作った場所で、彼が吸った空気の中で、彼の言葉のひとつひとつを聴くことができた。
夏のお盆の、静かな時間。
文・写真:©青海 陽2023
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