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安藤裕子との距離(2) オンラインライブ 2020

2019年7月19日    初めて見たオンラインライブ。今回はライブ当日の話です。

 ライブをやらないのにライブ会費を払う安藤裕子のファンクラブがしばらく続き、そのファンクラブも、一方的な通告によって終了になってしまった。そんな中での有料のオンラインライブだった。それで私は、また集金か?と、何らかの映像を流してお茶を濁すのか?と、穿った見方をしていた。

 というのも、それまで私はオンラインライブというのを見たことがなかった。画質はYouTube程度のものだろう。定点カメラを置いて、たまにズームするくらいの映像で、簡素なスタジオで、セットなしでやるものだと思っていた。外出自粛期間中に見られた「ギター1本自宅からリモート、スタジオライブ」のようなものだろうと。そもそも、映像の中継で何かが伝わるとは思えなかった。それでも私には、入院で行かれなかったライブを挟む数年越しのやっとの機会だから、何としても安藤裕子に会いたかった。

 私は仕事を終えて、勝手に「視聴会場」として狙いをつけてあった、帰り道途中の広い駐車場に車を止めた。慌ただしくノートPCを後部座席にセットして、Wi-fiに接続した。問題なくライブ配信のアドレスに接続できた。
 それで、腹ごしらえに、カレーと、映像を見ながら飲むノンアルコールの桃のカクテルをファミマに買いに行った。これは本物のライブではできないことだな、と思った。

 夕方の空が青から藍色に変わる時間に、ライブが始まった。始め接続が悪く開始時刻に回線が途切れていた。


 突然、曲の途中からの鮮明な映像が映った。



 安藤裕子は緑色のサテン生地の、自作であろうふわっとしたブラウスを着ていた。そして、いつもの緊張が見える目元や、少しこわばった頬が、克明に見えた。


 ヘッドフォンの声は、目の前で歌っているように近かった。


 私は、オンラインライブを完全に誤解していた。

 まず音と画像の質がとても高かった。大型テレビに映しても耐えられるくらいの高精細の画像を、ノートPCの画素数に映し出すのだから、画面はしっとりとするほどに繊細に映る。
 そして、スタジオには、様々な種類の照明をはじめとするセットが工夫して組まれていた。テレビカメラも様々なアングルから、それも普通のライブ映像よりもはるかに近い距離から写している。安藤裕子の表情の一つ一つだけではなく、バンドメンバーの手先の動きまでもが鮮明に見える。クレーンも使ったカメラワークは、素人のものではないプロの仕事だった。

 何よりも参加しているメンバーの演奏技術が異様に高かった。「オンラインだから」という馴れ合いは一切なく、全員が本気だった。安藤裕子がMCでバンドメンバーに話しかけるものの、彼らは答えない。ミュージシャンとして演奏をしに来ているという主張に見えた。

 聴衆の反応が見えず、バンドメンバーにも答えてもらえない。その雰囲気に安藤裕子本人はやや戸惑いがあったようだった。けれども、歌い始めればメンバーがその世界を、空間を確実に作ってくれる。ソファにリラックスして座り歌う姿には、今までに見たことがない笑顔があった。彼女にとって、対面のライブは緊張が強すぎるのだろう。目をつむり音に耳をすます表情は、久しく叶わなかった歌える実感でもあったと思う。彼女は、歌に集中していた。

 結局、予定の80分をはるかに超えて、普段のライブよりも長い約2時間、通常のような会場の都合を気にせずに歌い切った。また、選曲は、8月に新しく出る不慣れな曲ではなく、古いなじみの曲ばかりだった。ゆったりと歌っていて、とても好感が持てた。
 歌だけでなく演奏や演出を含めて、そのまま映像として販売できる質のものだった。


 オンラインで意外だったのは、対面のライブではあり得ない近さではっきりと表情が見える分、伝わるものが多くあることだった。また、私にとっては、「私が彼女の目に映っているのかを気にする」という、面倒な性格による気持ちの負荷も不要で、落ち着いて聞くことができた。
 今回のライブはアーカイブがなかったのも良かった。今、この時間に歌っていて、今見ている人しか見られない、という特別な時間を共有している感があった。


 思いのほか伝わる生の感情。繋がれているかも、という感覚。
 一方で、生きているのを確かめられる距離感ではないもどかしさ。
 双方向でないから感じられない手ごたえ。

 良い意味で期待をはるかに裏切られた。でも、やっぱり目の前で会いたい、とも思う。

安藤裕子から気持ちが離れていると思っていた。でも、顔を見たらやっぱり私は彼女が好きなんだと、あらためて思った。

 オンラインで感情が伝わるのを実感するのは、想像していなかった新しい感覚だった。オンラインが生きた回線のように感じられた。


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文 :Ⓒ青海 陽

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青海 陽
読んでいただき、ありがとうございます!☺ かつての私のように途方に暮れている難病や心筋梗塞の人の道しるべになればと、書き始めました。 始めたら、闘病記のほかにも書きたいことがたくさん生まれてきました。 「マガジン」から入ると、テーマ別に読めます(ぜんぶ無料です)🍀