帰路と寿司
そろそろ、行きつけが欲しいと思っていた所だった。引っ越す前は最寄りの商店街で、近所のおじ様方やお姉様方と毎晩酒を酌み交わし笑いあっていたものだが、今近くにあるBARは金髪のニーチャンネーチャンばかりで怖いし、ちらほらある居酒屋は一人飲みにはしんどい。
寿司屋だ。
それもカウンターの、回らないやつがいい。
いつもの長い帰り道にポツリとある寿司屋。値段もそれなりに手頃。でも安過ぎない。これが重要である。そう美味くて手頃でなくてはならない。収入の高くない癖に魚にうるさい私には、丁度いいが1番大事なので。しかも一貫から注文可能。これである。一貫ずつ好きなだけ食べる。食べたい…
仕事終わりで心身ともに疲れ果てていた。お腹は空いているし、少しどこかで切り替えてから眠りたい。でも、すぐ帰って寝たい気もする。だって太っちゃうから。でも少し、ほんの少しだけ。
そのお寿司屋さんの前をいつもいつも気になっては通り過ぎ、横目で見ては通り過ぎていた。だから今日も通り過ぎた。
20歩ほど歩いた所で踵を返した。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
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店内は大将と女性の客が1人だけ。そのご婦人の少し離れたカウンターに通された。
大将自ら入れて下さった、暖かい緑茶を啜りながらメニューを眺める。
「一貫からでもご注文できますから」
取り敢えず、かんぱち、中トロ、赤貝、はまちから。板の上にひとつずつ置かれる。
しゃりが、甘い。そして程よく口の中でほろりと解ける。人肌に暖かいしゃり。米の硬さも私好み。
かんぱちの切り口がかっこいい。どのネタも表面は滑らかで上品な味がする。次にえんがわ、馬刺し握り、こはだ、生たこ。えんがわは当たり前に美味しい好物。馬刺しが分厚い。噛めば噛むほど旨みが出てくる。小肌がすごい。
「しょうゆ塗ってあるんでそのままどうぞ」
青魚特有の磯の香りに濃厚すぎる旨み。ちょこんと乗っているしょうがが良い。生たこはレモンと塩で味付けしてある。心の中で拍手をする。大将…私なめてました…大将すごいですね…故郷の富山とはまた違うプロの仕事見せて頂きました…
「さっぱりしていいでしょ」
すごくすごく美味しいです。しまった、ほんの少し摘んで出ようと思っていたのに結構食べてしまった気がする。暖かい緑茶もこれで2杯目である。最後の乄だ。次で終わりにしよう。
「乄ならお味噌汁にしますか?」お味噌という感じでもないんです。
「梅水晶がいいわよ」
「それじゃあアテになっちゃうよママさん」
「違う違う巻きよ〜」
ご婦人が話した。梅水晶の手巻き?
「手巻きなら値段も手頃だしいいかもしれないですね」
大将も推している。いいかもしれない。それでお願いします。大葉ですか?大好きです。
梅水晶の巻きを食べながら、気さくなご婦人と大将と世話話をした。近所にご飯を食べられる友人がいないのだと話すと
「あたし大体毎日いるから、いらっしゃいよ〜」
名前も知らない私に言ってくれた。これは、今日から私のご近所付き合いが始まるかもしれない。なんとなしに寿司を食べながら、時折お酒も飲んだりして。
お会計をした。2000円。なんというコスパだろう。
「その手どうしたの」
大将、これアトピーなんです。
「これいいわよ〜嫌だったらおうち帰って流しちゃいなさいね」
ご婦人があせもに使っている軟膏を患部に塗ってくれた。
ありがとうございます。またきます。
BABY METALを聴きながら帰路に着いた。