掌編小説|追憶のブルー
青いリンドウが棺の中のママを囲む。
「綺麗よ」と声をかける大人たちが嫌いだ。大嫌い。ママの肌の白さを無慈悲に際立たせるその青が憎い。
ねえ、知らない?
あなたたちはママのお友達なんでしょう?
ママが好きな花は、淡く赤みのさす花びらの──アマリリス。
こんな悲しい、青い花じゃない。
・
粟立つ肌を湿らせる小糠雨の中を、一人歩いている。星々の光を頼りに行く小道の先は、ぼんやりと明るい。あれは、古き良き時代のメリーゴーランドだろうか。レトロな音楽が途切れ途切れに聞こえてくる。耳の奥で音楽が響くと、不思議と古い記憶が蘇った。
青いリンドウ。黒いワンピース。栗毛色の髪を束ねた少女は……。悲しそうに棺の中の私に青い花を手向けた。
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ママが居なくなってすぐに、あの人は出ていったわ。あの人にとって私はずっと不要な存在だった。わかってた。だから気にしてない。
だけど、あの人が出ていったことで、この家を離れなければならなくなったことが辛いの。
お気に入りの窓辺で、よくママと二人、有明の月を見た。
今でも時々、寂しくなると夜明けの空を見上げてる。
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視界は徐々に薄ぼんやりとして、美しい光のたまがいくつも重なって見える。煌めく方へ、少しずつ歩を進める度、辺りに響くマーチは高鳴り、まるで私を呼んでいるかのようだ。
一人逝くことは寂しい。だけど、いつかは慣れていくものだ。ずっと一人だった私が娘を生んで、いつしか二人でいることに慣れたように。
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スズランの日、ママに花束を贈った。
もう私たちだけでは限界だと思ったの。
ずっと二人でいたかったけど、生活を支えてくれる人が必要だった。
ママが少しでも楽になるように……。
・
「もう一度、幸せになってね」
あの日娘は、スズランの花束を私に差し出し言った。
「お母さんが幸せになることが、私の幸せだから」
そう言って泣いた。泣きながら笑って、花束を持ったまま私の胸に飛び込んだ。
私の再婚を後押ししようと娘が贈ってくれたスズランの花びらが数枚、足元に舞った。
その枚数と同じ年月、三人で暮らした日々は夢のようだった。娘から許してもらった幸せにすっかり満足してしまったのだろう。もともと頼りなかった私のいのちは、やがて静かに最期のときを迎えた。
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あの日も、ママと二人で夜明け前の空を見ていた。
明けていく空は、蒼いヴェールを揺らすようにして少しずつ変化する。
「綺麗ね」と言って振り向くと、ママは私を見つめていた。
窓を染める青い月の光が、ママの透き通るような白肌を包む。そして優しい青い瞳は、ゆっくりと薄いまぶたに覆われていった。
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離れがたく、留まりすぎたこの世界に、今ようやく別れを告げる。娘の名前すら思い出せなくなった私は、それでも彼女の好きだった花を覚えている。
──アマリリス。その、淡い香り。
一歩一歩、回る木馬に近づいていく。いよいよそれが目の前に迫ると、放たれる神々しい光に目を開けていられなくなった。
薄れゆく意識の中で、私は娘の未来を思った。
娘はいつか、彼女なりの幸せを掴み、私が眠る丘にやってくるだろう。悲しい青などすっかり忘れ、晴れやかな笑顔で。両手には私も好きだったアマリリスを抱きしめている。
・
毎年母に手向けていたスズランの花束を、今年はアマリリスに変えた。
隣を歩く彼と手を繋ぎ、静かに丘を登っていく。
よく晴れた空の青は希望に満ちていて明るい。それは母の瞳の色に似ている。
丘を吹き抜ける風が、蒼いワンピースを揺らした。母のお気に入りだったワンピースは、今では私の体に馴染んでいる。
見晴らしのいいこの丘には私たちだけだった。
風は力強く吹き、雲の動きは早い。
私と彼の周りを回転するように雲は流れていた。
「今日はお母さんに嬉しい報告があるの」
母の墓石に語りかける。
太陽の光を反射した石は眩く煌めいていた。
こちらの曲を元に創作しました。
うたすと2にご参加くださった皆様、ありがとうございました。
最後は記念に自分でも書いてみました。
(歌詞そのまんまですみません)
今後、私は企画の主催側に回ることはないでしょう。(孤人企画はやるかもしれないですが……)
なので、とても貴重な機会になりました°・*:.。.☆
※企画終了まであと数時間ありますので、まだまだ作品をお待ちしております!
#うたすと2
#PJさん
#大橋ちよさん
#八神夜宵さん
#たらはかにさん
#soundwsさん