掌編小説|ジェラシー|シロクマ文芸部
月の色っぽい声が聞こえてくる。夜の十一時を過ぎた頃から、もう三十分も続いている。
「匕ェエーーイ」
意外なことに、こういうときに出す月の声はとても甲高く、独特だっだ。
後ろめたさはあったが興味が勝り、窓に近づくと、カーテンをほんの少し開けた。外を覗き、ついで空を見上げる。
「匕ェ、ヒェエーーイ」
そこに、眩しすぎるほどに輝く月がある。一糸纏わぬその姿に思わず顔をそむけた。
記憶をたどれば、今夜のように月が淫靡な輝きを放ったのは半年ぶりだ。前回の月もすごかったが、今宵の月はこれまで聞いたことがないような艶っぽい声を出す。そして、それがどうにもわざとらしいので耳を塞ぎたくなるのだ。
「ママ、おそとがうるさい」
あんまり月が騒ぐので娘が目を覚ましてしまった。私は慌ててカーテンを閉めた。
「おそとが騒がしいね。きっと猫ちゃんたちが喧嘩してるのよ」
「ママ、ねこちゃんがけんかしてるの、みたの?」
「ん……」
耳の奥に、艷やかな月の声が残っている。
「ママが猫ちゃんたちに、喧嘩はだめよって言っておいたからもう大丈夫。ほら、静かになったでし……」
「匕ェエッエエーーイイ!!」
これまでにないくらい、月は大きな声をあげた。私は咄嗟に娘の耳を塞ぎ、急いでベッドに連れて行った。
「ねこちゃんたち、まだおこってるね」
「そうね……」
私の心臓は波打ち、心は複雑に揺れた。考えたくないのに、愉悦に浸る月を想像してしまう。そんな自分が穢らわしい。
だけど、本心では羨ましくもあった。日月星辰。月は今、確かに交わっているのだ。そしてきっと、ある種の幸福を感じているに違いない。
「ママ、ないてるの?」
娘が私の頬に手を伸ばす。目元を拭い、言葉なく静かに首を振った。
「パパに、いいこいいこしてもらう?」
今度はいっそう弱々しく首を振る。
「パパはもう、パパの部屋でねんねしてるから、起こしちゃだめなの」
そう言って、私は娘の頭を撫でた。
「ママ、今日はここで一緒に寝てもいい?」
娘は、私の目を見つめて嬉しそうに頷いた。
「ねこちゃん、なかなおりしたみたいだね」
そういえば。いつの間にか静かな夜を取り戻していた。
他所の関係に嫉妬したって仕方ない。娘を授かれただけ幸運だと思わなければ。だけど、まだ夫と関係を保っていたあの頃の私が、今夜の月のように自分を開放できていたら……。今も夫と私は毎晩一つのベッドで眠りについていたかもしれない。そう思うとなんともやるせなかった。
「おやすみ、ママ」
「おやすみ」
娘と同時に目を閉じた。
娘の寝息が聞こえ始めると、私はもう一度目を開けた。
今からでも間に合うだろうか。私さえ素直になれば、あの月のように自然と夫と交わる日々を取り戻せるだろうか。
起き上がり、心を決めた。パジャマのボタンを上から二つ分外すと、足音を忍ばせ夫の寝室を目指した。
(1200文字)
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