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掌編小説|マニア|シロクマ文芸部

「霧の朝」を買い物かごに詰めていく。陳列されている八本すべてを買い込んでも罪悪感はない。なぜなら僕はこの店の常連だし、棚の一番下に並べられているこれは、それほど売れ筋ではないはずだから。

 会計の列に並んでいる間に、かごの中のスプレー缶の絵柄を同じ向きに揃える。白とグレーの色使いがなんとも「霧の朝」らしい、美しいボディをしている。見た目はもちろん、香りがまた最高に好みなんだ。

 すうううう、はあああああ。
 
 目を閉じて、イメージしつつ呼吸する。それはたまらなく濃い霧であり、紛れもなく朝だ。

「あのう」
 声がすると同時に後ろから肩を叩かれた。
「レジ、空いたみたいですよ」
 声の主が指差す方を見ると、一番端のレジカウンターで女性店員が手を上げている。

「ああ、すみません」
 振り返り、会釈をした。そして前を向き、すぐにもう一度振り返る。声をかけてくれた女性のかごの中をまじまじと見た。彼女は「いいからいいから」と言いながら僕を軽く押してレジへ向かわせた。

 後ろ髪を引かれる思いで会計ヘ進む。心臓は跳ねていた。僕の目は女性を追ったまま、一刻も早く会計を終わらせたくて気が急いた。
 彼女は彼女で、会計をしつつ、ちらちらと僕に視線を送ってくる。
 
 支払いをすませると、女性がいるレジに一番近いサッカー台で待った。どうかしていると思いつつ、彼女への興味を止められない。
 会計を終えた女性は、ゆっくりと僕に近づいてきた。そしていよいよサッカー台の上にかごを置いた。僕はすかさず覗き込み、その本数を数えた。
「二十四本……」
「ええ、そうね。この時期は需要があるから、店の棚に並ぶ本数も多くなるのよ。だから今日は多い方」
 そう言うと女性は小瓶を一本一本薄紙にくるんで、次々とバッグにしまっていった。
「君は病弱なのかい? そんなに葛根湯エキスを必要とするなんて……」
 胸が張り裂けそうだ。彼女が病弱であること、それから、病弱であるにもかかわらず店に足を運んでそれを買い込んでしまうこと。とても不憫だ。

「ねえ、ホテルに行かない?」
 彼女から、なんの脈絡もなく唐突な誘いだった。
「どうして?」
 我ながら間抜けな質問をしてしまったが、心は決まっていた。
「あなたのことを知りたいから」
 そうだろうと思う。そして、僕の方こそ彼女のことを知りたかった。

「君は『霧の朝』はトイレでだけ使うものだと思っているだろう?」
 僕が鼻息荒くそう言うと、彼女は笑った。
「トイレ用消臭スプレーにそれ以外の使い道があるの? 興味深いわ」
 挑発的な表情が魅力的だ。僕は早く彼女に『霧の朝』の驚くべき使い道について語りたくてうずうずしていた。

「早くいこう。我慢できない。ここから一番近いホテルはどこ?」
「まあ。まるでトイレを探している子どもみたいね」
 くすくすと笑う。
「行きつけのホテルがあるの。そこへ行きましょう」

 意外だった。彼女は頻繁にホテルを利用するタイプらしい。
「なあに。意外だ、とでも言いたそうね」
 いやまあ、と言葉を濁す僕に彼女は近づき、腕を組んだ。
「これも葛根湯エキスの意外な効能のおかげなのよ」
 僕は一先ず、彼女が病弱でないことに安堵した。そうして元気な彼女に導かれるまま、八本の「霧の朝」を持って夜の街へと繰り出した。




 
 


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青豆ノノ
チップとデールの違いを知りません。