映画感想|ボーはおそれている
この映画の全体的な感想を最小の短文にまとめよ、と言われたらこうなります。
いや、もう。
冒頭からお化け屋敷に入ってしまったかと思うような雰囲気です。
びっくりドンキーでモーニングしつつPCで鑑賞していたのですが、不意をつかれて縮み上がるくらいびっくりしました。(理由は内緒)
・
どんな話かと言えば、中年のおじさん(主人公のボー)が里帰りしたいのにいろいろあって帰れなくて困っているのですが、その状況が約二時間ひたすら続きます(映画全体は179分)。
※この映画のカテゴリーは「オデッセイ(長い旅・放浪などの意)・スリラー」というらしいです。
実は私、この映画に何度かイエローカードを出しました。
「いい加減にして」と胸ポケットから1枚目のイエローカードを取り出した際時計を見ると、映画を見始めてからまだ30分も経っていないことがわかり絶句しました。
その後も40分地点で早くも2枚目のイエローカード。「いい加減にして」。
「いい加減にして」というツッコミをちょこちょこ入れずにはいられないくらい、予想を遥かに超えた暴走ぶり。
それもそのはず。何と言ってもこの映画は「ミッドサマー」のアリ・アスター監督の作品なのです。(私にとって恐怖のトラウマ映画です)
ある日突然ボーの目の前から日常が消え、夢なのか妄想なのか、よくわからない奇妙(なかなか暴力沙汰)な出来事が次々に起こり始めます。
「なぜそうなった」と問いかける暇もないくらい次々と場面が展開していくので、私は哀れなボーに同情しつつ、半ば呆れていました。
ホアキン・フェニックス、君は大丈夫かい? と労いの言葉をこっそりかけていたくらい、演じる俳優は大忙しです。
そしてボーはなんとも痛々しい。
痛々しいのはボーの負っている外傷もそうだし、彼の持つ弱々しく頼りない雰囲気からそう思うのですが、物語が進むに連れ、ボーがそのような人物になるに至った過去がぼんやりと見え始めます。
そして彼が巻き込まれていくストーリーが、ある人物の思惑の中で踊らされているものなのかもしれない、それ故の悪夢の連続なのかと気づき始めた頃には、ところどころでのんきに笑っていた私も唸り始めます。
この映画は、かなり歪んだ母と息子の物語でした。
最後はネタバラシ的に親子の闇が明かされていくのですが、母がヒステリックになればなるほど、ボーの表情が曇れば曇るほど、私自身はボーに気持ちを重ねていました。
という、恐ろしい思考に陥ってしまったのです。
おお、こわいこわい。
しかし、私が陥ったこの状態こそが、監督の思惑にまんまとはまった模範的な姿なのでした。
母にも母の事情があったのでしょう。ボーに注いだ歪んだ愛情の裏には、母自身が抱えていた悲しみや孤独がありました。そのことは理解しつつも、盛大な狂気を見せられるとなかなか同情し辛いもの。
とはいえ根底には、繰り返される〝機能不全家族〟の問題があることを忘れてはいけない、という深いテーマがあるのです。
ずっとわかるようでわからない展開で進んできたのに、最後は妙に現実的な問題を突きつけてくるところ、私は好きです。
・
その他の見どころとしては、ところどころ「デヴィッドリンチか!」というツッコミを入れたくなる箇所があります。リンチ作品が好きな者にはたまりません。
〝ただただギョッとしていれば良い。考えても無駄〟のような空気が漂う瞬間も好みでした。
(「マルホランド・ドライブ」のオマージュシーンもあるという話でしたが、私はかなり昔に観たので思い出せませんでした)
・
それにしても容赦のないラスト。
なにかを悟ったような、希望を放棄したボーの表情が印象的でした。
怖い。
もう一度観ます。
アリ・アスター監督作品。