雨に唄えば? (ショートショート)
「さくちゃん!」
だめだよ。そんなことしちゃ。
「さくちゃん、誰にも言わないよ。だから、大丈夫だから」
こんな切ないことってないじゃん。
雨が強くなってきた。さくちゃんは、真っ暗な夜道を歩くのは苦手なはずなのに。あんなに強い足取りで、ずんずん私を置いていく。
「さくちゃん!勢いだけでやることじゃないよ。もどって、一度話そうよ!」
ちょうど街灯の下で立ち止まったさくちゃんがこちらを振り向く。
薄暗い明かりに照らされるさくちゃんと雨だけが、はっきりと見える。
さくちゃんはズボンを履いていない。
Tの字の下着を履いたさくちゃんの臀部は水を弾きながら、蛍光灯の光を受け止めている。
「あたしはね、自由になったのよ!あたしはあたしの道を行くの。これからは好きなものを着て、好きな人と、堂々と明るいところを歩くのよ!」
さくちゃんは笑っていた。両手を広げて、まるでミュージカルのワンシーンのように、くるりと一回転して見せた。
雨に濡れた衣服はからだに張り付き、がっちりとしたさくちゃんのシルエットは、まるでボディビルダーのようだ。
私はそんなさくちゃんを見て、かける言葉もない。だけど、幸せになって欲しいと、心の底から思った。
「さくちゃん!風邪、ひかないでね!」
こんな言葉しかかけられない私に、さくちゃんは笑顔のまま助走をつけると、軽やかに飛び上がり、空中で足と足を打ち付けあった。
「なにそれ、雨に唄えばの真似かよ」
もはや独り言だけど、去っていくさくちゃんを見送りながら、私は少し笑った。
完