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掌編小説|ネオ・ジェネリック

 有名なベッドメーカーらしいね、と言いながら、有紗ありさは暗闇の中、扉を開けた。
「シモンズのこと?」
有紗が着ているサテン地のスリップは、その昔異国で出会った女性との一夜を思い出させる。
「本家では無いけど、モンズの評判も悪くないよ。言わばジェネリック」
「ジェネリック?」

 あったあった、と言ってクローゼットの奥から有紗が引っ張り出したのは、彼女の背丈ほどもある細い筒だった。その中身は模造紙で、蛍光色に発光している。
「ライトセーバーみたいだな」
「ネオン紙。ラブホみたいでしょ」
 
 筒状に巻かれた紙を二人で床に広げる。ネオンピンクに発光する模造紙はダブルベッドの大きさだった。反りを直し、ようやく紙の上に落ち着いたときには二人ともうっすら汗をかいていた。

 ネオン紙の放つ光は、広げてしまうと案外ぼんやりとして、これがベッド代わりだと言われてもラブホのような高揚感は得られなかった。それでも、先にスリップを脱いで横たわった有紗を待たせるわけにもいかず、服を脱いだ。
 仰向けに寝転んで、有紗は落ち着きなく足を伸ばしたり縮めたりしている。その度に紙はかさかさと音を立てた。
「どうした?」
「固いところに寝ると腰が反りすぎて痛いの」
「それなら足を曲げてみたら?」
 有紗は素直に脚を曲げて立てた。僕はその脚の間に入っていく。四つ這いで有紗に覆いかぶさってみたものの、すぐに膝が痛み始めた。
「やっぱり敷いてあるものが紙だと床の固さが直にくるな」
「でしょ? 私は今、背骨と後頭部が痛い」
 昔壊した膝は痛みに耐えられず、有紗の隣に横になった。
 体を向き合わせ、互いの顔を見た。紙と接している面がネオンピンクに色づいている。
「いつものような体勢では無理だから、お互いに痛みがないか確認し合いながら動いてみよう」
「そうだね」

 ゆっくりと体を動かした。しんと静まった部屋に、紙の音はまるで寄せては返す波のように心地よい。時々めくれたり皺が寄ったりと、微妙に音階が変わる。乾いた音に耳を澄ませ、二人にとって最も負担の少ない、新しい〝カタチ〟を模索する。いつもの数倍、時間をかけた。探り合い、思いを寄せて慈しむ。

「痛い痛い!」
 二人が共に絶叫してことを終えたときにはネオンの光はほとんど消えかかり、紙はしっとりとした質感に変わっていた。
 僕が膝頭を撫でる横で、有紗は起き上がりスリップを上から被ると部屋を出ていった。そしてドライヤーを手に戻ってくると「炙り出すよ」と言った。

 有紗は紙を持ち上げ、一番湿っている箇所に裏から熱を加えた。
「なにか見える?」
 僅かに残ったネオンの光だけでは見えにくかったが、確かに浮かび上がる文字があった。
「よく見えないけど……11?」
 有紗はドライヤーを止めて表から紙を覗いた。
「妊娠した」
「え」
「ジェネリックだけど間違いない!」
 有紗が僕に抱きついた。陽性を示す二本線が少しずつはっきりと光を放ち始めた。




(1200文字)


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