掌編小説|たちのぼる紅|シロクマ文芸部
紅葉から愛してみようと思いました。
分厚いカーテンに手を伸ばし、中央でぴたりと重なるその布の隙間に手を差し込みました。一息に引く勇気はなく、おそるおそる。
漏れてくる光はわずかでした。
まだ朝と言うには早い時間だから、暗闇に慣れた私の感覚を刺激するほどには明るくなかったのです。
厚い布地をそっと浮かせて目をこらせば、さらに窓を覆う薄いレースのカーテンの向こうに、ぼんやりと世界がありました。
息を潜めて、瞬きさえもこらえて。
私はその世界を、何度でも見つめました。
その中で、一番私の近くにあるものを知っています。
世界が、もう二度と戻れないくらいに変わってしまっていたなら、それを目にすることはなかったでしょう。
私がいつか、再び足を踏み入れ、心を預ける世界。そこに、まだそれが存在するのであるか、確かめることは怖かった……。
だから、わずかな隙間から、紅く色付いたそれを認めた時には、なんとも言えず安堵したのでした。
まどのそと もゆるもみじ
ありがとうという言葉は、愛しているよと変換します。
私はこれまで、私以外の人に「ありがとう」と伝えすぎたのです。
だからいまは、「愛している」。
私がこの世に、まだなんの疑問も持たない頃からそこにあった楓の木。それは今も変わらず私のそばにありました。
厚い布地を隔てて、静かに、それは静かに、私の一番近くに居てくれたのです。
瑞々しい緑色から、紅く色づき、やがて白い綿雪を纏って、朽ちていった。何度も変化を繰り返すあなたのそばで、私はずっと夢の中にいました。
そう ゆめのなか
窓の外。燃ゆる紅葉。
愛しているよ。
愛しているよ。
愛しているよ。
愛しているよ。
愛しているよ……
朝を告げる、一筋の光。
よろしくお願いします°・*:.。.☆