夜道。 【秘密警察を宣伝してみる】
私のジャケットの袖を遠慮がちに引く者がある。
手首に近い部分を引いているのだから、小さな子供か、もしくは背の低い女性というところか。
どこか期待を持ちつつ振り返ると、そこには背の低い爺さんがいた。
爺さんは、汚い物でもつまむかのように私の袖に触れている。
その様子に不快な気持ちがしたが、「何か用か」と声をかけた私は、随分と優しい人間なのだ。
「世の中には…な」
爺さんが口を開いた。風変わりな丸っこい声をしている。
「世の中には…色んな秘密がな…」
「あぁ、だからなんだ」
私は爺さんの調子に合わせる気はなく、早く結論だけ聞きたかった。
「人様の秘密をな………してみるのは…どうじゃ?」
爺さんは小さな声で言う。
「悪いが聞こえないんだ。もう一度だけ、はっきりと言ってくれ」
爺さんの目は、よく見ると輝いている。
「秘密警察を宣伝してみる、か?」
こんな歳になっても、目の玉に光の宿った爺さんがいるものなんだな。
爺さんの言葉を完全に無視して、私は先を急いだ。
[完]
#毎週ショートショートnoteに参加しています。今週のお題【秘密警察】×【を宣伝してみる】で参加させていただきました。
全く宣伝しない話でした…°・*:.。.☆